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昇降口に張り出された名簿で自分の名前だけ確認すると、さっさと新しい教室に入った。五十音順で、「す」はたいてい窓際から二列目か三列目。新しいクラスでは、長野といっしょだった。三宅は、同じ文系だが別のクラス。あとは知った顔が三分の一くらいか。集まってさっそく連絡先を交換している集団に入る気はせず、黙って座っている。人知れずため息をつく。
倫也。さみしがってないか? 胸の内を話せる人は近くにいるのか?
俺は。俺は苦しいよ。苦しくてさみしいよ。
つんつん、と肩を突かれる。名簿はほとんど見なかった。誰と誰がいると言って一喜一憂する、そんな気分にはなれなかったから。去年、同じクラスだったやつだろうか。
「充」
………え?
体が固まる。この声は。
「同じクラスじゃん」
え、うそ、月ヶ瀬くんと同じクラス? ラッキー、目の保養っ。
女の子たちのざわめく声と、男どものちらちら向ける視線。おぼえがありすぎる、この状況。
ゆっくりと顔を上げて、ゆっくりと振り返った。自分の耳で聞いたはずのことが信じられない。
「…ともや…?」
「充」
ふわふわの天然の茶髪。長い睫毛。俺に向ける柔らかい視線に、俺の名前を呼ぶ薄い唇。
倫也だった。
「倫也!? なんで!?」
「しかも前後の席」
「引っ越しは!? 札幌は? おじさんちは!?」
周囲に丸聞こえだろう、大きな声が出る。でもそれどころじゃなかった。
「…引っ越しは、したよ」
「どこに!」
突っ立って、かばんを肩にかけたまま淡々と答えるさまはやっぱりどう見ても倫也なのだった。
「駅前のマンション。バリアフリーで、病院とおじさんちが近いとこ」
「駅前ぇ!? 市内じゃねえか!」
市内どころかとなりの地区だ。歩いてでも行ける。
「遠いとこ行きたくなかったし、じーちゃんも、俺が独り立ちするまで見届けたいって言ってくれて…進学するにも東京の方が選択肢があるからって札幌のおじさんも納得してくれた。結局、北海道行きの話はなしになった」
聞けば、前の家を売りに出し、いつか倫也が独立してもおじいさんが息子夫婦のそばで住み続けられる便利なマンションを購入したのだそうだ。
「だから転校もしない。なにも変わらないよ」
あの夜。
最後だから、もう会えないからと俺たちは。
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