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よるのおおかみ・その1
充の、大学生のお兄さんの部屋。お兄さんがいたことはおぼえていなかった。充のことだって正確には、おぼえているとは言い難い。でも俺は半ば強引に、この家に来ちまった。
机に本棚。ベッドはマットレスだけ据えてあって、ふとんはしまわれているようだ。だから俺は、充が床に敷いてくれたふとんで横になっていた。
貸してくれたパジャマは黒のストライプで充のものと色違いのおそろい。もちろん洗ってあるけれど、それでも自分ちのとは全然違う匂いと手ざわり。サイズは少しだけ小さい。
目を閉じようとすると、いろんなことが頭にうかぶ。
枕を抱えて、そっと扉を抜け出す。廊下を出たすぐとなりの部屋。鍵はかかっていなかった。それどころか、のぞき込まなくても見える程度に開きっ放しだった。中は暗い。充は豆電球をともさない、真っ暗でも眠れるタイプらしい。
「…充」
ノックもせずに立ち入る。
すごい寝相。両腕を頭の方に上げて、足でふとんをはさんでいる。俺はつい笑ってしまった。
「起きてる…?」
ベッドの、頭の側に腰かける。
シーツにてのひらをつくと、ぎしり、と軋んで沈み込んだ。充の寝顔は至って平和だ。まるで外の世界ではなにひとつ、起きていないみたいに。俺は前髪が上がってしまってさらけ出された、案外広い充の額を撫でた。
「ん…まだねむい…」
ねぼけてる。また微笑む。
「いっしょにねよ」
「え、なに………」
ベッドの、空いた側にすべり込む。
充を壁際に閉じ込めるみたいに、背中側から腕を回す。
少し乱れた寝息は、またすぐに規則正しく静かになった。
充の、たぶん一回も染めたりパーマをかけたりしたことのない髪はさらさらして頬をくすぐる。
体の曲線と曲線がすきまなく合わさる。
充、あったかい。
耳の後ろも重なり合う腕も、お腹も、どこもかしこも温かい。
俺は眠りに落ちる。
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