大切な思い出

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 何時ぞやの住処を後にする。少しだけ遠くに引っ越そう。あの時、思って引っ越した先は、5駅先のアパートだった。間取りも、入口も、太陽の指す時間もそっくりな家に引っ越していた。条件すらも似たり寄ったりだった。  きっとあの時は、まだ、巣立ちできていなかったのだろう。  懐かしい気持ちに浸りながら、昔通った通学路を歩く。久々に通ったこの道は、昔とは全く違っていた。あの時に見上げた塀は、今では見下ろすほど低く感じる。あそこにあった駄菓子屋さんは、今では、大きなマンションに変わっていた。公園のブランコは撤去されている。  1人静かに歩き続ける。  引っ越してきて、初めて寄り道をしたあの日。川があると聞いてこの目で見たくて少しだけ遠回りをした。建物の間をすり抜けて、視界が開けた時、高く聳える土手があった。  突如として、ポツポツと雨が降る。持ってきた小さい折りたたみ傘で身を守った。この場所に着いた時、あの時も同じく、急な雨が降っていた。急いで開いた折りたたみ傘。走って帰ろうと急いで傘を持ち上げたあの日。  今日もあの時と同じ動きをしてみる。  少しの奇跡を信じて。  古くなった折りたたみ傘の布が空を覆った。 視界が急に広くなった。全てが見え始めた。  違和感を感じて視線を下ろす。  そこには、ダンボールが置いてある。  記憶に残っている蓋の開き方をして…。 「…薄雪? こうしたら見つけて貰えるって思ってたりする?」  雨に濡れないように、目の前の全てを傘で守る。布と一緒に入っている白く小さい愛らしい命が居た。  ダンボールの中で身を丸めた子猫は、俺の顔を見て、にゃん、と、鳴いた。  久しぶりの温もりが帰ってくる。
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