大切な思い出

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 暇だな…。ここは、あの時の温もりは何も無いや。手の温かさも、人間ごときの心臓の音も、あの荒っぽい息も、無い。  寂しい。寒い。また逆戻りみたいじゃないか。  物音がする。何だこの音。  なんだか、懐かしい。  …ん?あれ?来客だ。  こんなところに、来ちゃったのかい?  君はまだここに来ちゃダメだよ。  にしても久しぶりに人間に会った気がする。懐かしいな。何年ぶりだろう。 あの頃から1回も誰とも会って無かったからなぁ。  なんだなんだ?変な顔してるけれど。  「ここ何処」って。  はぁ…僕に言われても…  僕にもここはどこなのか分からないんだよ。ずっとここに僕は居る。 「なんで?」  居たくているわけじゃない。  出れなかったんだよ。  出ようとしても無駄だったんだ。なんせ出口がない。ここには扉がひとつもないんだ。  あるのは無数の本と、本棚だけ。 こんなに広くて四角い空間なのに、それしかないんだよ。  外を覗ける窓も、机も、ベッドだってない。 こんな部屋なんだよ、ここは。  どうした?歩き回って。  本が気になるって?  開いてみたらどうだい?僕はよく分からないから。開く方法もないからね。落とすくらいしか出来ないからさ、僕。  好きなだけ見てったらいいさ。僕の本じゃないけど。  「ここから出たくないのか?」か…。  出たいことには出たいさ。  昔みたいに、屋根の上で背伸びして、太陽の光の元でゆったり寝る。そんな時間が好きだったから。  でもな?さっき言った通り、出口がないんだよ。どうしたらいいか分からない。諦めてここに居るんだ。  「一緒に出よう」  変な事言うねぇ。  いいよ。君が思う存分頑張っている隣に居てあげる。僕はもう、やる事ないからね。  こういう時どんなことを人間はするんだい?  いや、気になっただけだよ。閉じ込められた時に何かするのかなって。助けてって叫んだり、本棚押してみたり色々しそうだけど。あとは諦めて寝っ転がるとか。  君はしないんだね。昔に見てきた人とは大違いだ。  その本が気になる?開いてみたらいいんじゃないかな。  中身は?君なら見れるだろ?  僕?見るとこできるけど、理解できないから。 『ダンボールの中に入ってる黒猫と、それに手を伸ばしてる時の写真』  ほー、文字は何も書いてないみたいだね。しかも、この本にはこの写真だけ。  どうしたんだい?ぼーっとして。 「懐かしい気がする」  ふーん。僕は、少し寒い感じがするかも。  って、…あれ?この部屋こんなにホコリっぽかったっけ?  なんか、汚くなってる気がするんだけど…。 これじゃ、俺の体にゴミが引っ付くじゃないか。  あれ?  どこ行くんだよ!僕を置いてどこかに行こうなんて、酷いじゃないか。  次はこの本? いいんじゃないかな。見たいもの見ていこうよ。どうせ咎める誰かなんて来ないわけだし。  開いてみてよ。 『小さい黒猫が膝で寝てる写真』  やっぱり1枚の写真だけなんだな。  さっきより温かい気分になる。眠くなってきた…。  おいおいどうしたどうした!?急に走り出して…、次の本を?2つ同時に?どういうことだよ。ちょっと待てって。 『黒猫がご飯食べている写真』 『黒猫と一緒に布団で寝ている少年の写真』  …どうした?なんで泣いてるんだい? 「なんで忘れてたんだろう」  か…。人間は皆、忘れるために記憶していくんだよ。その時の彩りの為に、人生を楽しむために覚えて、忘れていく。そんなもんなんだよ。  にしても、本を開くにつれてこの部屋、壊れていくなぁ。こんなに壁紙剥がれてたか?壁にヒビも入ってるし。床なんて板が浮き上がってる。歩きにくくなったな。どうすんだよ、僕の足が傷ついたら。  ん?…あ、そういう事か…。  やっと踏ん切りが着いたんだな…。  僕も君も。  僕は、これを待ってたんだ。そうだった。  おい君、早く次の本を開け。君の願いが叶うぞ。ここから出たいんだろ?一緒にここから出たいんだろ?早く次の本を…。  なんで手震えてるんだ? 「もう覚えてる。思い出した」  か。大丈夫だ。ここはただの君の夢の中、君はふとした時に眠気に襲われて、夢の中で変な体験をさせられているだけ。本を開いたところで、君の人生になんの影響も…とは言いきれないが、何か変なことは起こらない。至って普通の人生を生きていく。  安心しろ。僕はずっと隣に居る。  さぁ、開こう。 『亡くなった黒猫を箱に入れて抱きしめる君の写真』  部屋が壊れていってる。そろそろか。  久々だな。この寂しさも。  出たかったんだろ?ここから。出口がなければ空間を壊せばいい。  いつまで君は僕のこと、ずっと心の中で悲しんでいるんだい?  それじゃ、僕、心配で天国なんて行けやしないよ。  大丈夫。僕はずっと君のこと忘れてないから。そんな意気地なしな性格も好きで、狭い部屋で一緒に暮らしてたんだからさ。  ほら、壁はなくなったよ。  行っておいでよ、ご主人。僕も行ってくる。生まれ変わってくるから待っとけよ。  …痛っ!へ?頭上から何か落ちてき…  ん?何だこの本。 『命名式、この子は薄雪。手作りの名札を首にかけた黒猫の写真』  はは、今名前呼ばれてもなぁ。次は何色で生まれ変わってやろうかな…。
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