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彼は切迫した状況を考慮してか、簡略化したお辞儀を巫女に披露した。
「ご無沙汰しております、リリィ様。モーロリーブでの、近衛騎士任命式以来でしょうか?」
紳士然としたヘンゲルは、巫女に敬意を払ったのち、彼女のそばに仕える黒髪の少女に目をやった。
「お前も、変わらず息災のようだな、ユリア」
「はい、師匠も。先ほどは、見事な太刀さばきでした。しかし、なぜこちらに? 師匠は、モーロリーブの神殿にて新人教育係を担っていたはずでは?」
「無駄話をしている暇はないぞ。君たち、この城内にもはや安全な場所はない」
「残存したこちらの兵は?」
ユリアの問いに、ヘンゲルは首を横に振った。
「私が来たときにはもう……。それと、城の東側には近寄るな、敵の数が多い。私も応戦し、いくらか数を減らせはしたものの、それでも奴らは無尽蔵に現れ続けている……ユリア、脱出経路は把握しているか?」
「はい。抜かりなく……」
ヘンゲルがユリアの肩に手を置いた。武人然とした、大きくぶ厚い手だった。
「教えは覚えているな?」
「もちろんです。“犠牲なくして得られず”……もしものことがあれば、この命をなげうってでも、リリィ様をお守りいたします」
「ユリア……」
透き通った新緑の瞳が、何か言いたげにユリアの背中を貫く。しかしユリアは、倒れた刺客から外套を取って戻ると、それをリリィに着せた。彼女の美しい髪は目を引く。その外套ならば、頭をすっぽりと覆い隠せる。
「少々サイズが大きいですが、城を出るまでの間は我慢してください、リリィ様」
「もしあなたが死んだら、私、許しませんからね」
ふてくされた幼子をなだめる時みたいに、ユリアは、むっとしたリリィに穏やかに微笑みかける。
「言葉のあやです。その覚悟が、私を強くするのです。あなたの騎士は負けませんよ。こんな小悪党ごときには」
フードを目深にかぶせ、リリィの目立つ亜麻色の髪が見えないよう隠したら、ユリアは守るべき主人の手を強く握った。この繋いだ手は絶対に離すまいと、固い誓いを胸に立てながら。
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