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「なぜですか? 答えて下さい、師匠!」
「何事も、犠牲なくして得られぬのだ……」
「それは、答えになっていない!」
不本意だがユリアは腹をくくり、師匠に槍を向けた。
「リリィ様に仇なす者は、誰であろうと私が許さない! たとえ……師匠、あなたであったとしても!」
弟子の覚悟を聞き、心なしか師匠は笑っていた。
「それでこそ騎士の鑑だ!」
望まぬ戦いの火蓋が切られた。
なぜ彼と戦わねばならないのか。ユリアは師匠と何度刃を打ち合わせても、その理由が未だ見つけられなかった。戦闘中によそ事を考えるなど自殺行為もはなはだしいが、それでも、思考は渦となって止まらない。目の前の戦いに身が入らない。
ましてや相手は師匠だ。一度も白星を勝ち取ったことすらないというのに、どこまで実力が通用するのだろうか……。尽きぬ不安がユリアを縛った。不安定な精神状態は、明確に彼女の槍さばきを鈍くさせた。
「ユリア、危ない!」
背後からリリィの警告が聞こえたとき、真正面に立つヘンゲルは、どう足掻いてもユリアには届かない距離から、高く掲げた剣を振り下ろしたところだった。
だが、不思議なことに彼の刃は伸びたのだ。一本の鋼糸で繋がれた刀身が分裂し、鞭のように変形したのだとわかった。
ユリアはとっさに身を反らしたが、刃の先端が右肩口をかすめ、焼けるような痛みが走った。
「くっ……!」
ヘンゲルの得物は、ユリアの銃槍と同様の、他に類を見ない教団特製の武具であった。
まともに取り扱うことすら困難なはずのその得物を、彼は自らの手足のように操っていた。ユリアが肉迫すれば直剣として、間合いを取れば鞭刃として。豊富で多彩な攻撃手段をもってユリアを苦しめる。地を這う蛇を彷彿とさせる、対処の難しい低い位置からの攻撃や、予測不能な軌道を描いて襲いくる連撃の数々に、彼女はじわじわと追い込まれていった。
様々な要因が重なった結果、ユリアは珍しく冷静さを欠いていた。だから、見え透いたヘンゲルの“誘い”ですら、彼女は隙であると思い込んでしまった。
気合いを込めた叫びとともに、ユリアは捨て身で槍を突き出した。
力強くはあるが単調な一撃であった。ヘンゲルの目は、容易にその軌道を見切った。
「まるで成長が見られんな……」
ヘンゲルは剣で槍の軌道を逸らし下方向に受け流すと、地面に刺さった槍が抜かれないように足で踏みつけた。
ユリアがどれだけ力を込めても、踏みにじられた槍はうんともすんとも言わない。完全な無防備をさらしていた。
「失望したぞ、愛弟子……」
くるりと槍の懐に潜り込んできたヘンゲルと、ユリアは間近に顔を突き合わせた。異様に遅く流れる時のなかで、師匠の表情は、かつて幾度となくこなした稽古のときと変わらなかった。だからユリアは錯覚した。
──また負けか……じゃあ、次こそは絶対に──
その瞬間、ユリアの腹を激痛が刺し貫いた。それは、いつもの稽古では経験したことのない痛みだった。身体が硬直して動かない。何が起こったのかすらわからなかった。
降りしきる雨音がやけに大きく聞こえた。背後で鳴り響く落雷の轟音と重なって、誰か少女の悲鳴が聞こえた。
身体の力が抜けていく。嫌な寒気がまとわりついてくる。息を吸おうとした瞬間、ユリアは大きな血の塊を吐き出した。
ヘンゲルが刃を引き抜いた。ユリアはよろよろと後ずさり、体重を岩壁に預けた。自分の腹がみるみるうちに赤く染まっていく。
「あ……あっ……」
上手く言葉を発せない。
──私、死ぬんだ……
冷たい感覚だけが、最期に彼女を支配した。
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