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「嘘……。いや……死なないで、ユリア……ユリアっ!」
ぐったりとしたユリアの身体を抱えながら、リリィはただ唯一の友人の名前を叫び続けた。
しかし、どれだけ呼んでもユリアは沈黙を保ったまま。腹部からの出血は止まらず、リリィの悲痛な祈りすらも届くことはない。
ヘンゲルが、ユリアの銃槍をこちらに放ってきた。その音でリリィは我に返った。動かなくなった友人をそっと横たわらせ、巫女の少女は立ち上がる。そして、ユリアの盾となるようにはだかった。
「どうしてですか? なぜ教団を裏切り、【惑星の目覚め】に与した? 答えなさい、ヘンゲル!」
「裏切り? いいえ、これはあなた様にとっても最善の選択なのです」
「それが、死んでいった城の連中に報いる言葉となり得ますか?」
リリィは静かに憤っていた。臆病な自分を殺し、気丈に振る舞った。
「確かに、私は彼らにゲーティ城の情報を流しました。しかし、それは布石に過ぎません。奴らが引き起こした混乱に乗じて、あなた様を連れ出すにはこうするしかなかったのです……」
ヘンゲルは、唐突に落ち込むような素振りを見せる。だがリリィには、それが所詮は“ふり”にしか見えなかった。
「犠牲なくして得られず……そんな世迷い言は通用しませんよ」
「犠牲なくして……ほう……」
一瞬、ヘンゲルの視線がリリィの背後に向けられる。そして彼は興味深そうにうなった。
「ユリアから聞いたのですか?」
「彼女は口癖のように言っていました。そして、あなたの教えを遵守し、あなたのことを誰よりも尊敬していた。だけど、その結末が、これ? ユリアが報われない!」
「彼女の話はもうよいでしょう。私が用があるのは、リリィ様、あなたなのです」
「とぼけるな。私ではなく、私に眠る異能にであろう?」
お見通しか、といった調子で、ヘンゲルは唇の端を吊り上げる。
「本来、教団の巫女の役目とは、我々が神と崇め奉る【蒼穹】のお言葉を、あなた方を介して受け取ること。言わば巫女とは、現世に降臨した神を宿す“器”だ。
ところがリリィ様、あなたは巫女でありながら、一度もその身に神を降ろしたことがないと言うではありませんか」
「……」
その無言は、肯定を意味していた。
「加えて巫女は、旧時代人に通ずる超常的異能を宿してもいる。当然リリィ様、あなたにも異能は宿っている。しかしそれは推察するに、神すらも忌避するほどの、異端の力なのではありませんかな?」
ヘンゲルは形式上質問しながらも、確信を持って言っていることが伝わってくる。
「やはりあなたも、私の異能に誘惑されたのですね?」
「さて、取引です。私とともに来るというのなら、あなたとその娘の安全は保証しましょう」
「何ゆえ、私の異能を求める?」
「それは明かせません……。今はまだ……。ですが、あなた様を傷つけるようなことはいたしません」
「話にならないな」
リリィは間髪入れずに言った。
「私の異能は、本来人に在るべきものではない!」
「ふむ、それは残念だ。であれば、力ずくで奪うほかありませんな……」
ヘンゲルは剣を構えた。
「ヘンゲルよ、考えを改める気はありませんか? 血にまみれた平穏など、長続きはしないのです」
「ほう、なかなかどうして……。気高い理想をお持ちのようだ。ゲーティの巫女よ」
「それでも、私は──」
そのとき、ヘンゲルの表情に緊張がよぎった。リリィは、とっさに斬られることを覚悟をしたが、彼の目線は自分から少しずれている。
激しい風雨の音にまぎれて、背後から小さなうめき声が聞こえた。
「ユリア!」
死の縁から自力で蘇った少女の顔色はひどく青ざめていた。だが、祈りが届いた! リリィはありったけの感謝を【蒼穹】に捧げた。
ユリアは手もとに転がった槍先端の引き金を握ると、銃口をヘンゲルへと向けた。
彼もとっさの判断で剣を鞭刃に変形させ、防御のために正面に張り巡らせるようにして展開した。
一発の銃声が轟いた。だが、飛び散った無数の鉛のつぶては刃に防がれ、ヘンゲルには届かない。起死回生の反撃が得たものは、とどめを刺されるまでの猶予を数秒延ばしただけに過ぎなかった。
けど、ユリアにはそれだけで十分だった。
「リリ……ごめ……ん……」
かすれた声で謝るユリアに、リリィは聞き返そうとしたその瞬間──ふたりの身体は宙にあった。ユリアが身を投げ出したのだとわかった。
リリィはユリアに抱かれながら、底の見えない奈落へと落ちていった。
絹を裂くようなリリィの悲鳴は闇に呑まれ、近くに落ちた落雷の音にかき消されてすぐに聞こえなくなった。
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