#約束

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 太い木の幹に背中を預けながら彼女たちは、しばらくの間、流れ行く雲をぼんやりと眺めていた。  緑の栄える草原を、爽やかな初夏の風が吹き抜け、二人の頭上の木の枝をさわさわと揺らした。 「ねえ、ユリア?」  名を呼ばれた凛とした少女は、小首を傾げる。 「この村での暮らしは楽しい?」 「まあまあ……」  凛とした少女の返事は淡白なものだ。 「そよぐ風の音に耳を傾け、草木の青い匂いを嗅ぎ、行きたい場所に、行きたいときに行ける……あぁ、なんて幸せなことなの」 「リリィの家ってどこ?」  凛とした少女が問うた。高貴な少女はやわらかな細い指を一本立て、フェンネ村を挟んで正面の山、その中腹に佇む古城──ゲーティ城を指さした。  その城のことは、まだ無知で幼い少女でもよく知っている。 「じゃあリリィは、レガシィ教団の人?」 「こう見えても私、巫女なのよ」 「偉いんだ……ちょっと羨ましいな……」 「まあ! あなたはあそこでの暮らしを知らないからそんなことが言えるのよ! 朝から晩まで勉強させられて、行儀よくしなさい、あれはダメこれはダメって、いっつもソフィアはうるさいんだから!」  高貴な少女の溜まった日頃の鬱憤が、(せき)を切ったようにあふれだす。それはしばらくの間止まることはなかった。だが、凛とした少女は静かに耳を傾け、口を挟むことはしない。好きなように彼女に喋らせた。 「けど結局、私はかごの中の鳥……。  連綿と連なる山脈を越えた先にある景色も、世界を創造したキノアの巨人たちですら飲み干すことも敵わない大海も、そしてその向こう側に存在する国や多くの人々の顔も、私はこの眼に収めることができないまま一生を終えるんだわ……」  教団の巫女という肩書きが、彼女の自由を奪う。この地に縛りつける(かせ)となる。  高貴な少女は広い世界に焦がれていた。狭い城に閉じ込められる毎日にはもう飽き飽きだった。  この背中に翼が生えてくれたらと、どれだけ祈っただろうか。そしたら今すぐにでも、鳥かごの中から抜け出し、広い世界へと羽ばたいていけるというのに。  まだ見ぬもの見たいと、まだ知らぬもの知りたいと、そしてそれを誰かと共有したいと思うことに、どこにも不思議はないはずだ。 「世界はこんなにも広いというのに、ほんの一部すらも知らない。私の好奇心はそれが我慢ならないのよ」
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