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やがて、麦畑を横切る小道に、一人の人物が立ってこちらを見ていることに気づく。その人物を見た高貴な少女はハッとして、落胆の表情を浮かべた。
「ごめんなさい。私、帰らなきゃ……」
立ち上がった高貴な少女は、一瞬躊躇いながら凛とした少女のほうを向き直る。
「私たち、友達……よね? これからもずっと友達でいてくれる?」
「もちろん」
「またいつか、村に行くことが許されたら、真っ先にあなたのお家に行くわ。そしたら、今日みたいに遊んでくれる?」
「“いつか”っていつ?」
凛とした少女が訊くと、高貴な少女は困ったような顔をした。
「それは……まだ、わからないけど……」
「なら、私が城まで迎えに行くよ」
凛とした少女も立ち上がった。彼女の身長は同年代と比べても高い。並んだ二人の背丈は頭一つ分ほどの差があった。
「それはダメよ! お城には許可がある人以外は入れないの。それに、護衛の騎士に見つかったら、きっと問答無用で殺されてしまうわ」
「きみに会いたくなったら、どうすればいい?」
「わからない……。少なくとも、お城であなたと会うのは無理だと思う……」
少しの沈黙のあと、凛とした少女はなにか決めたように話した。
「じゃあ、私が騎士になるよ!」
彼女の想定外の言葉に、高貴な少女は清らかな緑眼を丸くさせた。
「私が、リリィを守る騎士になる!」
「本気で言ってるの?」
「騎士なら、城のなかにいても問題ないんでしょ? なら、私が騎士になったら、いつでもきみと一緒にいられるはずさ。そしたら、毎日遊び放題だ!」
たとえそれが、高貴な少女を励ますために吐いた嘘であったとしても、彼女はとても嬉しかった。
「本当に? 約束よ」
「うん、約束!」
向かいあった二人は、両手の指をからめながら、互いに互いの顔をじっくりと目に焼きつける。
友情とも愛情とも異なる強い感情が、ふたりを包み込んでいた。ふたりの関係を断ち切り、他者が介入できる余地など、この世には存在しないと思わせるほどの強い繋がりと濃密な空気だ。
高貴な少女が、これほどの高揚を感じたのははじめての経験だった。生まれてはじめてできた友人と離れたくない未練と、交わした約束が果たされる未来が待ち遠しい気持ちとがない交ぜになっているのだ。
であればこそ、しばしの別れは甘んじて受け入れよう。高貴な少女は未来に一縷の希望を託し、からめた指を名残惜しそうに解いた。
「ユリア……もう行くわ……」
「そんな顔しないで、リリィ。また会える、絶対!」
「絶対よ!」
「絶対に……!」
凛とした少女は、互いの顔が認識できないほど少女が遠ざかってもなお、彼女を見送り続けた。
一生涯忘れることのできない、少女たちのある日の記憶である。
──それから時は経ち、ふたりが約束を交わしてから早十年……。かつての凛とした少女は、血のにじむような努力の末、国の秩序と安寧を守るレガシィ教団の気高き騎士へと成り上がった。
やがて彼女は、教団が匿う巫女──リリィの近衛騎士となり、約束は現実のものとなる。
かくして少女たちは再会を果たし、物語は動き出したのだった。
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