#嵐の逃走

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 やむ気配を見せない大粒の雨が、ざぁざぁと降りしきる夜。かがり火が等間隔に並んだゲーティ城の廊下を、主従関係にある少女たちが歩いていた。  豊かな亜麻色の髪が揺れるたびに、甘やかな花の香りが彼女に追従する少女の鼻腔をくすぐった。  護衛の少女は、黒髪、灰眼にて痩身長駆。騎士を名乗るには、少々頼りなさそうにも見えるが、その実、並みいる騎士たちを出し抜き、巫女の護衛に選出された正真正銘の実力者だった。  彼女が携える、長槍状の特殊な武具がその証明だ。  ふと、(うるわ)しの主人が、廊下の真ん中で足を止めた。雨音に混じって、小さくため息をつくのが聞こえてくる。 「いかがなさいましたか、リリィ様?」 「ユリア、あなたがこの城に来てどれくらい経つのかしら?」 「五ヶ月と二十三日です……」  従者の言葉に淀みはない。 「私とあなたは友人同士ではなくて?」  主人のその声音に、不満があらわれているのは明白である。 「ですが、私たちは騎士と巫女……主従関係にあり、そこに私情を挟むことは許されないはずです……」  リリィは教団の巫女だ。巫女とは教団の神秘の象徴であり、国民が信奉する神【蒼穹】をその身に降ろして言葉を伝える役割を担う、超常的な存在である。  そしてユリアは、彼女の身辺警護を務める近衛騎士であった。 「この石頭……」  リリィは声をひそめて悪態をついた。 「……? いまなんと?」 「堅苦しいのは嫌だと言ったの」 「私を石頭と罵ってませんでしたか?」  ユリアは少し意地悪を言ってみた。 「あなた、わざと──っ!」  勢いよく振り返ったリリィは、まだあどけなさを残す顔に必死の怒りをあらわにした。そして、感情の流れを仕切り直すように咳払いを一つした。 「せめて、昔のようにリリィと呼び捨てにしてちょうだいな!」  かつてふたりは、友人として対等だったはずだ。しかし現在は、組織に属する人間として、私情を排して立場を(わきま)えなければならない。彼女(リリィ)は命を賭してでも守るべき主人であり、自分(ユリア)は所詮は従者、ただの騎士に過ぎないのだから。  少女たちにとって、十余年の別離は短くはなかった。それは、互いが相手への想いを募らせるには十分な時を育んだが、互いを想うがゆえにまた多くのすれ違いも生んでしまった。  こんなにも近い距離にふたりはいるはずなのに、立場も、背負うものもまるで違う。  出会ったばかりの、何も知らず、ただ幼かった頃のようには、少女たちは戻れないのだ。
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