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「出来ませぬ」
ユリアはきっぱりと断る。
「むぅ!」
リリィは頬をぷくっと膨らませながら、不服の意を示す。かわいい。
「リリィ様……どうか、ご容赦ください」
「あなたは変わってしまった!」
リリィは、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「ですが、こうして、ずっとあなたのお側にいられます」
「それは近衛騎士としてでしょう? 友人としてではないじゃない」
「何ごとも、“犠牲なくして得られず”……ですよ」
気がつけば、それはユリアの口癖となっていた。リリィの騎士になるために、彼女は多くの取捨選択を迫られた。その重く苦しい決断の連続の果てに、ふたりは再会を果たすことができたのだ。何かを得るということは、往々にして何かを捨てる覚悟を強いられる。すべてを手にして大団円とは、所詮は物語のなかの絵空事でしかない。
「はぁ……まあ、いいわ。それにしても、ひどい雨ね」
リリィは、滝のような雨量の中庭に目をやった。
「真夜中から明日朝にかけて、よりいっそう強く降るらしいです」
「ただでさえ、城に閉じ込められるばかりの毎日なのに、天気もこうだと気が滅入りそう……」
リリィは身震いしたあと、自らを抱くように腕をさすった。
夏が終わり、秋の気配を漂わせるような肌寒さだった。
「少し冷えてきたわ。早く部屋に戻りましょう」
ユリアが頷こうとしたそのときだった。影に沈んだ廊下の隅でなにかが動いた。
「──っ!?」
ユリアの本能が危険を訴えている。直感に突き動かされるまま、彼女は盾になるように主人の前に飛び出すと、携えた長槍を正面に構えた。
暗がりに冷たく光る凶刃を見た。予感は確信に変わった。刹那、殺気を放つ何者かが、目立たない黒の外套を翻しながら襲いかかってきた。
「敵襲!」
危険を発するユリアの通る声が、城内に鋭く響くのだった。
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