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舞踏会
宮廷はろうそくの灯りに照らされていた。
メアリー王女は豪華な敷布を踏む。
(どきどきするわ。このドレスじゃなくて、もっと派手なあの水色のドレスが良かったかもしれない)
そこでは、見目麗しい男性たちが手を差し伸べていた。
「ようこそ、メアリー嬢」
このあいだ、キンボルトン城に王とともに来たビーチャム男爵エドワード・シーモアが、焦げ茶の髪に薄茶の瞳を輝かせながら、頼りない笑みを見せた。
(王妃の長兄ビーチャム男爵。ルックスは、まあまあいいわ。派閥も作ってるそう。でも軟弱者ね、奥さんづきだし……わたくしに釣り合わないわ。弟のほうならちょっとは話してもいいかもしれない)
王女が足を踏み出すごとに、衆目が集まる。
(ふふ、わたくし、ずっと引きこもりだったから、皆、相当の醜女だと思っていたんでしう。でもおあいにく様、わたくしは美しい)
「メアリー王女様……お綺麗な方ねえ」
などと言う言葉があちこちで交わされる。
ラトランド伯爵夫人が、シュルーズベリ伯爵令息夫人に、扇で口元を隠しながら、ちょうど王女に最初に声をかけたエドワード・シーモアの話題に花を咲かせていた。
「王女様に最初に声をかけたのはテッド様ね。テッド様の奥方様は奔放でいらっしゃったものね。二人の子息は、奥様のキャサリン様が不倫してできた子とか。まあ、そのキャサリン様とも離婚してテッド様ははればれなようですわね」
「この舞踏会で次の奥方を探すのではないかしら」
伯爵夫人たちはかしましくおしゃべりを楽しんでいた。
ラトランド伯爵トマス・マナーズは、シュルーズベリ伯爵令息フランシス・タルボットと、妻たちのおしゃべりにへきえきした顔をしていた。
(え? ビーチャム男爵って、フリーなの? わたくしが狙われたらどうしよう)
そう思ってビーチャム男爵に目をやると、キツい猛禽類を思わせる薄茶の瞳をしながら、何かを呟いていた。
(殺してえ)
王女が目にしたのはそのフレーズだった。
(え、え、どういうこと?)
王女は狼狽した。確かにビーチャム男爵は言葉に出さずに口で言っていた。
ーー殺してえ、と。
そう言葉に出さずに口で言っていたので、
(この人、軟弱者の金魚の糞じゃなかったの? いや、怖い)
とメアリー王女はびくついた。
ビーチャム男爵は頼りない笑みを浮かべた。
(そう、それよ。その笑みに騙されるところだったのよ……!)
メアリー王女はビーチャム男爵には今後近寄らないように心に決めた。
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