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ダーシー男爵とリチャードは、ふたりきりになった。
「君はヨーク大司教の救いを得られなかったのか?」
ダーシー男爵が言うと、リチャード・ダドリーは少しの間沈黙した。
「気づいていたんですね」
「最近のことだ」
リチャードはふ、と口元に笑みを作った。
「最初は、ヨーク大司教も私を救ってくれるはずだったのです。しかしシスターが大司教とともにドーヴァーまで行ったとき、クロムウェルの息子へ私の助命嘆願してきたと聞き……」
それが嬉しくなかったのです、とリチャードは柄にもなく言葉を濁した。
「帰ってきたとき、その……彼女が目のやり場に困る恰好をしていたのでね。つい頭に血が昇ってしまって」
(頭に血が昇る、ね)
ダーシー男爵は考えた。
この男らしくない言い方だった。
ジョアンナが宰相の息子とどこで知り合ったかは知らないが、助命嘆願に行ったときに例のスリット入り修道服を着ていったのだろう。
それがリチャードには受け入れられなかったのだ。
「宰相の息子にどこまで許したのだろう、さすがに娼婦の真似事はしていないだろうが、修道女として恥ずべき行為をしてきたに違いないと仲間に当たり散らしていたら、それを聞いたヨーク大司教の激怒を買ってしまいましてね」
リチャードはあーと言って天を仰いだ。
「私は救われない」
リチャードは暗いよどんだ目をして言った。
リチャードはあの修道女をそれほど気に入っていたようには見えなかったが、人というのはわからないものだ。
また、ダーシー男爵は、さっき聞いた高貴な貴族のジョン・ダドリーとの話を思い出していた。
日の当たらない道を歩いてきたこの男は、どこまでも救われなかった。
ジョン・ダドリーの後ろ姿を見た。
夫婦が手をつないで仲睦まじく歩いている。
その様子を、まぶしいものを見るように見ているリチャードに、ダーシー男爵は気づいた。
「ジョン兄さんの話を聞きましたね? さっきのが私の秘密です」
この男は気の毒だった。
ダーシー男爵は自分がいたわりを持ち合わせていることに気づいた。
まんざらうわっつらでもない笑みを浮かべてリチャードをみつめた。
「僕の秘密にもしよう」
リチャードはじっとダーシー男爵を見つめたあと、数回まばたきをした。
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