鶴と亀が滑った

1/3
前へ
/3ページ
次へ
    「久しぶり。大きくなったわね」  新聞の勧誘や宅急便の(たぐ)いだろうか。そう思ってドアを開けると、俺の部屋の前に立っていたのは、見たこともないような美人だった。  つやつやと輝く長い黒髪が、赤いワンピースによく映える。  裾は下品にならない程度に短く、上はノースリーブ。すらりとした手脚が、これでもかというくらいに強調されていた。  適度に豊かな胸は、スレンダーな体型とも不釣り合いにならない程度だし、細い腰つきにも、華奢という印象は感じられない。全体的に、とても大人な雰囲気の女性だった。  しかし、よく顔を見れば美しいだけでなく、明らかに若さも漂っている。童顔とは違う、年相応の『若さ』だ。  学生ではないにしても、大学生の俺と同じくらいの年齢なのだろう。  最初は『見たこともないような美人』と思ってしまったが、第一声が「久しぶり」なのだから、知り合いのはず。もちろん現在のではなく、遠い昔の知り合いなのだろう。  ずっと会っていなかった同級生なのか……?  そんな俺の戸惑いを見て取ったらしく、彼女はフフフと笑いながら、自己紹介する。 「亀田(かめだ)鶴子(つるこ)よ。……と言っても、私の名前なんて覚えてないでしょうけど」 「いや、覚えてる」  俺は反射的に、そう返していた。  亀田鶴子。  亀田という苗字は結構ありふれているし、鶴子という下の名前も、そこそこ珍しいものの「不自然ではない」という程度だろう。ところが二つ合わさると、非常識のレベルが格段に跳ね上がる気がする。  一体全体どこの漫画のキャラクターだ。親は何を考えて、こんな命名をしたのか。  昔はそんなことも思ったが、なるほど、こうやって「一度覚えたら忘れない」という強い印象を残すためだったのかもしれない。  ただし、俺が彼女の名前を覚えていた理由は、名前そのものの奇妙さだけではなかった。あれは、まだ俺が小学二年生だった頃……。    
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加