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え、マジ?
#3
「目が点になってるよ、タケル君。ふふ」
「だってさ、5,000万なんて、すごいよ」
「強盗も大変だったわ」
「えっ・・・!」
彼女はぷっと吹き出す。
「なわけないじゃない」
彼女はしばらく笑っていたが、やがて真顔になり口を開く。
「女が大金を稼ぐ、って言ったら・・・」
そう言いかけた時、女性のスタッフが、僕たちがオーダーしたものを持ってやってきた。
僕と彼女の前にそれを置くと、スタッフは彼女を何度もチラッチラッと見たのがわかった。オーダーを取りに来た時にも、彼女をじっと見ているのは気づいていた。
女優かアイドルと勘違いしてるのだろうかと思っていたが、そうではないことは、後々わかることになる。
彼女は、オーダーしていたフルーツパフェを目の前にして、可愛いを連発した。そして、GUCCIと思われるバッグから、ラインストーンがびっしりと貼られたスマホを出し、写真を何枚か撮った後、僕を見て言った。
「ごめん、撮ってもらっていい?普段は自撮りするんだけど」
僕はいいよと言い、ケータイを受け取った。ラインストーンのせいで、ずっしりと重い。
普通に撮ろうとすると
「あー、立ち上がって、斜め上からお願い」
と、指示された。どうやら角度が決まっているらしい。
カメラを向けた途端、彼女はさらにキラキラしたオーラを放った。一枚ごとにポーズや表情をくるくると変えた。撮り慣れているんだなと思った。
いまどきの女子なら当たり前かもしれないが。
彼女は、ありがとうと言ってスマホを受け取ると
「インスタにあげるけど、高校のクラスメイトに撮ってもらったってコメントしてもいい?もちろん名前とかは出さないから」
と言った。僕がいいよと伝えると、インスタをフォローし合おうよと言われた。
「インスタやってないんだ」
「え、マジ!?」
彼女があからさまに驚く。
「嘘でしょ?」
「本当にやってない。SNSは苦手なんだよ」
彼女は信じられないという顔で、大きな目をパチクリさせる。
「もし自分のインスタ知られたけなくて言ってるなら、そう言ってもらった方がぜんぜんいんだけど。私、嘘つかれるの、すっごく嫌なの」
彼女の可愛い顔が、一瞬、歪んだ。
その表情は、まばたきくらい一瞬だったが、なぜか僕の中に、刻印されるように刻まれた。
「嘘じゃないよ。YouTubeもTwitterもFacebookも、えーとなんだっけ、短い動画とか見るやつ」
「TikTok?」
「ああ、それそれ。それもやってない。何もやってないよ」
彼女は、珍獣を見るような目で僕を見つめる。
「やらない理由ってなに?」
「うーん」
僕はコーヒーカップを手にし、一口飲む。
「逆にだけど。なんでみんなやってるんだろ」
今度は彼女が、うーんと唸った。
「楽しいからだよね」
「そうなんだろうけど、SNSの繋がりって、なんていうか・・・幻みたいに思える」
パフェのクリームを掬っていた彼女の手が止まる。
「まぼろし・・・いつ消えてもおかしくないもの、か」
「いや、これはあくまで僕の偏見というか、先入観だよ」
彼女の目はどこも見ていなかった。
また余計なことを言ってしまったんだなと、僕は取り繕う。
「僕が変わり者だからだよ。聞き流して」
彼女は長いスプーンで、パフェを崩し始めた。きれいに盛られたパフェが、美しくもないただのどろどろの塊になりかかっていた。
「そうなんだよね。幻なんだよ」
「いやだからそれは」
彼女が頭を横に振る。
「ううん、幻はSNSの話だけじゃないのよ」
何を言おうとしているのか飲み込めず黙っていると、呟くように、彼女が言った。
「すべてが幻なのよ。この世界も、宇宙も、人生も、すべてが幻。タケル君も、私も」
僕は彼女の言葉を頭の中で反芻しながら、カフェの店内を見渡す。
数秒間、目に見えるものすべてのものが、リアリティを失って見えた。
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