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玄関先に出てきた佐田さんが突然、私の手首を掴んでは引っ張ったのだ。
男の人に握られている。そう認識した途端、総毛立つような思いで私は咄嗟にその手を振り払った――。
沈黙が訪れる。
手が僅かに震えているのに気が付き、左手で握り締める。
佐田さんは振り払われた自身の右手を見つめては視線を私の手に移した。
「あー……、ごめん急に掴んだりして、怖かったよね」
「い……いえ……」
たかが手首を掴んだくらいで、と笑い飛ばす人も居るかも知れない。
それでも、いきなり他人に掴まれるなんて、少なくとも私にとっては恐怖そのもので。
謝罪してくれたよりも、胸中を察してくれた事に安堵した。
ただこんな時程なんにも言えないなんて、自分が本当に情けないけれど。
「ね」
束の間の安息だった。
呼び掛けに一瞬ビクッとし、視線を上げる。
「さっきからあんまり喋んないけど、菅野さんいつもそんな感じ?」
真顔で問われる。
至って普通の質問だとしても、何だか咎められているような気分になり、ほんの少しムッとしてしまう。
それにこの手の質問はどうも苦手だ。返答に困る。
確かにいつもそうではあるけれど、どう返したらいいものか……。
俯き沈思していると、再び玄関扉が開いた。
視線を上げた先には男の人が。扉からその顔を覗かせた。
それとほぼ同時に佐田さんが後ろを振り返る。
「ヒロくん」
出てきたのは高木さんで。
ひろくん、とそう呼んだのは佐田さんだ。
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