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「呼び方も、名字じゃない方がいいけど……まあそこは追々で。ゆっくり慣れて」
付き合ったのに『佐田さん』と呼ぶのも変だとは思う。
けれど、その言葉にコクリと頷き返す。
無理強いはしない。あくまで私のペースに合わせようとしてくれているんだと、分かって。
佐田さんの彼女……か。
何だか夢でも見ているようで、足元がふわふわする。
部屋に一旦戻った後も、お風呂の最中もそれは続いて。
ベッドの中で今日の出来事を思い返していると、ふとあの濃厚なキスがリアルに蘇った。
付き合ったということは、この先、そういうこともするんだろう。
つまりそれ以外も?
例えば性行為、とか……。
――と、そこまで考えてはある場面を妄想してしまい、慌てて掛け布団をすっぽり頭まで被せた。
バカ私、何を変な妄想して……。
『生殺しだなって』
ふいに佐田さんの台詞が頭を過る。
もしあのままくっついていたなら、どうなっていたんだろう――と、ぼんやり思いながら瞼を閉じた。
「あーそう。付き合った、ね」
翌朝。
食卓を挟んだ向かい側で高木さんはそう言うと、静かにカップを口にした。
数秒後、そっと下ろされたカップからは湯気と、それから淹れたてのコーヒーの香りがくゆりたつ。
私の隣では、佐田さんがこめかみを人差し指で掻いた。
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