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「ヒロくん、何かあった?」
見兼ねたのか、佐田さんが覗き込むように首を傾けた。
「何かって、何が?」
高木さんから起伏の無い声と、貼り付けたような笑顔が返ってくる。
しかし佐田さんは、ごめん気のせいだわと言って、早々とこの話を終わらせた。
笑う高木さんを見て、これ以上は踏み込めないと思ったのかも知れない。
「部屋、来る?」
そんなふうに提案されたのは二階に上がってからのことで、反射的に顔を上げる。
佐田さんも自室に戻るのだとばかり思っていたから、少し驚いた。
「い、いいの? 入っても」
部屋に入るということは、物理的にテリトリーに入られるということで遠慮がちに訊ねると。
「やっぱ駄目、って言えばいい?」
意地悪な笑みを返され、冗談だとは分かっていても、ややむっとしてしまう。
「……じゃあいいです」
言いながら、ああ面倒くさい女だなと思う。どうしてこう素直になれないのか。自分がほとほと嫌になる、けれど。
「嘘だよ、いいに決まってる。彼女なんだから」
極上の笑みを浮かべた彼によって、沈みかけていた心が一気に浮上した。自分の何と単純なこと。
呆れつつも、脳内では『彼女なんだから』という甘い響きが繰り返され、この歳になって初めて出来た彼氏の部屋へと、足を踏み入れた。
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