カイザーの決意

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カイザーの決意

 デルバイス国王太子の執務室は、今日も就業時間が過ぎても照明がが灯されている。  堂々と不貞腐れながら遅刻して出仕してきた双璧は、満面の笑みで当然のように帰宅した。終業時間三十分前に。双璧には一度就業規則を音読させる必要がある。頬杖をついて書類を眺めていた、カイザーがぽつりと呟いた。   「……おかしいよな」 「殿下?」 「絶対おかしい。お前もそう思うだろ?」 「……何がです?」  不思議そうな補佐官にちょっとお疲れ気味のカイザーが、真剣な眼差しを向けた。 「王太子である俺が残業しているのに、なんでロイドはさっさと帰ってるわけ?」 「ロイド様は業務を終えられました」 「俺のお手伝いは?」 「ロイド様のお仕事ではありません」 「お前……俺に冷たくない? いつからそんな子になったの?」  信じられないと目を見張ったカイザーに、補佐官は呆れたように首を振った。 「きちんと仕事を済まされて、帰られたのですよ?」 「だとしてもだよ? 王太子はせっせと働いてるんだよ? 王太子、偉いんだよ? 手伝えよ! 大体にしてあいつらが好き勝手した後始末で残業なんだ!」  双璧には報連相という円滑に業務を進めるための、基本機能がついていなかった。エイデンは生まれつき付いておらず、ロイドは意図的に機能をオフにしている。天然も根に持つ性格もどっちも同じだけ厄介だった。  エイデンが魔石効率化理論を実用化し、ロイドが量産体制をサクッと整えたところまではよかった。魔道具の使用魔石が半分以下になる、これまでの常識を覆す研究成果。もたらされる利益はとんでもないだろうが、研究に費やされた費用もとんでもなかった。この金額を事後報告はだめ。  カイザーは今、二人のせいで真っ赤になった帳簿の帳尻を、合わせるために残業している。収益化するまで赤すぎる帳簿を、なんとか保たせなくてはならないのだ。事前相談があればなんてことなかったはずの後始末。無駄に膨れ上がった手間に、カイザーはもう何日も居残りだ。  当事者の護国の英雄(ロイド)デルバイスの至宝(エイデン)は、その業績を褒め称えられ毎日遅刻して、就業時間前に帰宅している。その尻拭いを一生懸命やらされているカイザーは、帳簿と睨めっこで連日残業。別に褒められない。とても理不尽。 「ロイド様の処理分は終えられてます。奥様もお子さんもいますし、早く帰宅するのを咎め立てするのは……」 「なんなの? お前もあいつらの味方なの?」 「そうではありません。殿下の仕事はまだ終わってませんし、早く帰ってもお一人ではありませんか」  残業続きの疲労からか、駄々をこね始めた王太子に、補佐官は呆れたように答えた。 「……ひどい!」  「本当のことでしょう?」  丁寧に止めを刺してきた補佐官に、カイザーはショックを受けた。   「大体それだっておかしい! なんであいつらに嫁がいて俺にいないわけ? 王太子ぞ? 我、王太子ぞ?」 「ロイド様は護国の英雄、エイデン様はデルバイスの至宝です。それにお二人は輝かしいほど美しいですし……」 「美貌がなんだ! 性格最悪じゃねーか! それに俺だってかっこいい! あいつらのせいで残業してる俺の方がよっぽどお疲れなんだ! それなのに……! 俺だって癒されたい。その権利が俺にはある!」 「では結婚します? 政略結婚の必要もない恵まれたお立場ですし。あ、でもお相手がいませんね」 「え、なんなの? 俺を泣かそうとしてるの?」 「いえ? 結婚どころか、そもそも恋人もいなかったなって」 「え、つらい。なんでそんなこと言うの? 残業中の俺に今、言うこと?」 「本当のことじゃないですか」 「……泣きそう……」  首を傾げた補佐官に、カイザーは瞳を潤ませた。こいつはダメだ。ロイドの毒にやられた。最近ロイドのダメ出しに、うっとりしてる時点で気づくべきだった。もう優しかった補佐官はいない。 「……結婚する」 「はい?」 「結婚して奥さんに癒してもらう!」 「はぁ……? 癒されるためにするもんではないとは思いますけど? あー、でも殿下ももういいお年ですよね。いいんじゃないですか?」  こんなに頑張ってるのに、補佐官までロイドに骨抜きだ。顔がいいってずるい。性格すごい悪いのに。  そそくさと帰ったロイドとエイデンは、今頃家で子供達とアーシェとイチャイチャ。カイザーは真っ赤な帳簿とここで残業。ロイドに堕ちた補佐官に、傷口に丁寧に塩を塗られている。そう思うとカイザーは、余計に腹が立ってきた。 「決めた! 俺は今年中に絶対に結婚する!」  美人で巨乳のお嫁さんを貰って、イチャイチャしてやる。固く心に誓ったカイザーは、山積みの書類を引き寄せながら、真剣に婚活に取り組むことを決心した。 ※※※※※ 『結婚を前提とした真剣交際を検討している。夫人の親しい友人か親友を紹介してもらいたい』  伝文の魔道具に届いた手紙に、アーシェは首を捻った。何度見直しても、我が国の王太子からだった。赤金の髪と瞳の精悍な美丈夫は、女性には困っていなさそうなのに。 (どうしてモテないのかしら……?)  強国デルバイスの王太子。引く手数多でもおかしくない。顔だっていい。不思議に思いながら、アーシェはお返事を書いた。 『友人をご紹介することはできますが、国王陛下はご存知なのですか?』 『問題ない。デルバイス国は政略結婚は必要としていない。身分も条件も一切問わない。今年中に結婚したい』  返ってきた返事に、アーシェは眉根を寄せた。身分も条件も問わないとか、カイザーは現在セール中らしい。あんまり安く売っていると、重大な欠点を疑いたくなる。実は毛髪はすでに手遅れで、カツラだとか。  どこか切迫したものを感じる手紙に、アーシェは心配になった。なんだかんだと幸せではあるが、癖しかない夫を二人も抱えている。何かあるにしても、一切問わないのは問題しかない。大変だよ? 『本当に一切問わないのですか? 容姿や性格などにも、ご希望はないのですか?』 『特に条件はありませんが、美人系でグラマーだと嬉しいです。あと、国外情勢に詳しいとなおいいです』  なんか敬語になった。一国民に敬語。戦慄するアーシェの元に、さらに伝文が送信されてくる。 『背も高めがいいです。インドア派よりアウトドア派だと助かります』  一切条件を問わないと言っていたはずの王太子の追撃に、アーシェは慌てて返信した。アーシェは悟った。王太子は条件は問わないとか言ってて、すごいこだわるタイプだ、と。 『未婚の友人たちに声をかけてみます。よろしければお茶会などで、直接お会いしてみてください』 『ありがとうございます。よろしくお願いいたします』  どうやら納得したらしい返信に、アーシェは胸を撫で下ろした。間違いなく次々条件が足されて、聞いてるうちに当てはまる人がいなくなる。できるだけ触れないほうが安全だ。 「今年中に結婚って……何か理由でもあるのかしら?」  いい歳ではあるのでおかしくはない。不審げに手紙を眺めるアーシェは、大体自分の夫のせいだとは気付けなかった。ついでに言えば、紹介を頼まれるのも夫達のせいだった。  カイザーには政略結婚の必要はなくても、絶対外せない条件がある。双璧を制御できる唯一の人物、アーシェと友好関係を築ける人材。これが絶対条件。コブ(エイデン)を押し付けようとしたら、コブ(ロイド)が増えてカイザーの肩に重くのしかかっているのだ。  割と優秀な王太子はちゃんと命綱(アーシェ)を死守する、危機管理能力を遺憾なく発揮した。別にモテないわけでも、ハゲそうではあってもハゲているわけでもない。 「ママ、おてまみ?」 「……アリス。そうよ、カイザー殿下からのお手紙よ」 「かいじゃー!」  カイザーの名前にアリスは、嬉しそうに顔を輝かせた。大好きなショートケーキに向ける笑顔と同じ笑顔だ。嬉しそうなアリスに、アーシェはふと親友が思い浮かべる。 (……殿下の好みにぴったりね)  美人でグラマラス。国外情勢に詳しく活動的。自慢の親友。美男美女で並んで立てばとてもお似合いだろう。 (でも、サリーは……)  瞼を伏せたアーシェに、アリスがお客さんの気配に期待顔をしている。 「ママ、ショートケーキくる?」 「アリス、カイザー殿下でしょ?」  デルバイスの王太子で王族だ。ショートケーキじゃない。   「そう、かいじゃー! アリス、かいじゃー、すき!」  キラキラ輝く瞳のアリスに、アーシェはにわかに不安になった。カイザーがどうして好きなのか、非常に分かりやすかった。とても不安。   「……アリス。お菓子をくれると言われても、知らない人について行ってはダメよ?」 「はい!」  ちょっと返事が元気が良すぎて、余計に不安が募る。マカロンに釣られてロイドと婚約した過去を棚にあげたアーシェは、娘の食いしん坊っぷりを心配した。 「ねえ、ママ。ショートケーキ、いつくる? すぐくる?」 「すぐは無理ね。でもお茶会をしましょうねってお約束したから、ちゃんと来てくれるわ」  婚活に、だけど。 「ママのお友達とサリーも一緒にお茶会をしましょうね」 「しゃりーも!? やったー! にいたまー!」  早速エルナンとロシュに報告しようと、嬉しそうに駆け出したアリスに、アーシェも自然と笑みが浮かんだ。 (ちょうど時期もぴったりよね……)  一番大事なのは本人同士の気持ち。それでももしかしたらと、期待が芽生えてきてしまう。今自分はとても幸せだと思える。だからこそ、願ってしまうのかもしれない。サリースにも幸せだと笑ってほしいと。  別にその相手がカイザーでなくてもいい。ただ、大切な親友には心から笑っていてほしかった。
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