IQは3

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IQは3

 エイデンの研究室でロイドとエイデンは、みかんの木を前に腕組みをして眉根を寄せていた。 「やっぱりさー、巻き込み方式だとみかんだけじゃなくて果樹も傷むよねー」 「ふむ……では収穫そのものではなく、補助に重点を置くべきか……」 「補助?」 「収穫したみかんは背負った籠に入れる。つまり収穫数が多くなるほど籠の重量は増す。それにつれ身体に負担がかかり、運搬に労力が必要になる」 「まあ、そうだね。お義父さん、最近腰辛いって言ってたし」 「収穫の自動化は手作業よりも品質の低下を招くなら、収穫自体は手作業を継続し他の負担を軽減する方が効率的だろう。まずは補助機能の充実だ。籠を背負う必要をなくし……」 「エイデーン! ロイドー! ……あれ? おーい! どこだー!」  ノックもなしにズカズカと押し入ってきたカイザーに、エイデンとロイドは嫌そうに顔を顰めた。最近のカイザーはエイデンの研究室に日参していた。今日も元気にやってきたカイザーに、双璧は嫌そうに顔を顰める。 「あっ! ここにいたのか! って、おい! なんでみかん畑ができてんの? 勝手に増設するなよ!」 「……みかん収穫効率化の研究だ」 「国費で嫁実家の家業の研究するの、どうなの?」 「他の果樹収穫にも転用できるんじゃないですか? 多分」 「多分って……まあ、いい。二人とも座れ!」  エイデンとロイドは顔を見合わせ、渋々ソファーに腰を下ろした。カイザーがいそいそとお茶を入れ始める。長くなりそうだ。国費で勝手に研究してるのに、この程度の小言で済むくらいご機嫌なカイザーに、エイデンとロイドはうんざりした。 「サリーと海に行くって言ってただろ? お土産を買ってきたから渡しにきたんだ」  どさりと置かれたご当地クッキー。「イカれたイカしたクッキー」。だいぶ適当に選んだのが滲み出ている。   「……クッキーにイカエキスとか正気じゃない。しかもそこまでして形がイカじゃなくて土偶なのはなんでなの?」 「確かに最後までイカを貫くべきだな。イカ臭い。カイザー、いらない。持って帰れ」 「いやぁ〜海は最高だったぞ! 青い海、晴れ渡る空、輝く砂浜、水着の女神……その場にいた男どもはみんなサリーに見惚れていた。当然だ、女神だからな。でも手を繋ぐのもハートのストローで、トロピカルジュースを一緒に飲むのも全部俺! ふふふっいや、本当に海は良かった! お前らも行ってくればいい!」 「「…………」」  うざい。エイデンとロイドは隠すことなく迷惑そうに顔を顰めた。  エルナンとロシュのアシストで、成功例のトレースが思いの外上手く行ってから、カイザーは頻繁にサリースとデートをするようになっていた。  その度にどう見ても適当に買ってきたお土産を口実に、こうして乗り込んでくる。そしてその度に何時間でも続きそうな、どうでもいい惚気話を延々と続ける。ものすごく迷惑だった。 「……それで今度も日帰りですか?」 「ああ、帰りの列車でサリーは眠ってしまってな。寝顔がまた最高に可愛かった!」 「そうですか……サリーの水着も寝た()()も、()()無駄な努力に終わったようですね」 「俺は紳士だからな。ちゃんと自宅に送り届けたぞ!」 「紳士? 息子さんが引きこもっているだけだろう?」 「ぐ……っ!!」  未だカイザーとの対話を拒む息子さんへの指摘に、カイザーは一瞬怯んだがすぐに開き直った。なんなら胸を張った。 「ふっ……純粋な愛の前にエロスなど不要なのだよ。確かに俺の息子さんは悟りを開いている。開きっぱなしだ。だが、サリーが隣で笑ってくれるだけで、最高に幸せだしなんの問題もない。巨乳好きだと白い目で見られる心配もなくなった。もういっそこのままでもいいとも思っている」 「ただビビってるだけなのに?」 「サリース嬢も同意見とは限らない」    ロイドが長い足を組み替えて呆れたように肩を竦め、エイデンはお茶を啜り冷静に頷いた。 「まあ、いいんじゃないですか? 殿下がそれでいいなら」 「む? 含みのある言い方だな?」 「別に。あの見た目だけ女王のサリーが、あれこれとお持ち帰り待ちまでしてるのになって。でも放置してても大丈夫なんですもんね?」 「放置などしていない……俺は紳士として……」 「反応がないのは興味がないと判断するのが一般的だ」 「興味がないんじゃない! そんなことは断じてない! ただ愛しくて大切なだけだ!」  IQ3くらいの浮かれ顔で、カイザーは拳を握って力強く宣言する。  興味ないなどあるわけがない。興味津々だ。一緒に過ごす時間が長くなるほど好きになる。好きになればなるほどサリースという存在が大切になる。 「……大切になるほど息子さんは、闘争本能を捨てて平和主義になっていくんだがな……」    一向に本能のまま野生化する未来が見えない。さっぱりやる気にならない息子さんを見下ろしながら、カイザーは頬杖に顔を乗せた。そして再びだらしなくにやけだした。海がよっぽど楽しかったらしい。 「だが一時の欲望を満たすために全てを台無しにすることなく、理知的で紳士な王子様として生涯隣にいるのもありだと思わないか?」  割と本気でそう言い出したカイザーに、ロイドはため息をついた。 「まあ、気持ちは分からなくはないですけどね。僕だってアーシェの前では紳士でいたいですし」 「そうだな、同感だ。私も否定はできない」 「ロイド……エイデン……」  お前らが紳士だった時あるの? 一緒になって紳士面され、カイザーはひどい侮辱を受けた気分になった。 「でも僕は時々狼ですけどね?」  ずっと狼じゃん。ロイドが既婚者となっても王都中の令嬢を虜にする、甘い美貌を蠱惑的に微笑ませた。あちこちで野外プレイを嗜む貴公子は、格の違うしたり顔をして見せる。 「……狼? ならば私はウサギと言ったところか」  どんなマウントだよ。エイデンが負けじと天使すらも堕落に誘い込みそうな、鋭利な美貌に危うい色香を漂わせた。結婚するまでずっと息子さんを引きこもらせていた、美貌の変人はあり得ないほど得意げだ。 「ウサギ? なにそれ、構われないと寂しくて死んじゃうの? 弱そう」 「知らないのか? ウサギは年中発情期で重複妊娠も可能なほど性欲が強い。他国では娼館のロゴとしても採用されている」 「ウサギみたいに見た目は愛らくして油断させ、そのじつ年中発情してるとかただの変態じゃん」 「見た目通りに身体的優位性を利用して襲いかかる、躾ができない狼よりずっと理性的だと思うが?」 「ウサギと狼への風評被害やめろよ……」  夫人、かわいそうだな。詰まるところどっちの息子さんも野放しで、躾する気もないだけだろうに。 「これがデルバイスの切り札(双璧)とかなぁ……」 「ゲロかけてくる、息子さんが引きこもりの王太子に言われたくないです」  ああはなるまいと残念の双璧を睨んだカイザーに、ロイドが即座に言い返した。エイデンも力強く頷いている。 「……俺はこのままでいいよ」  年中盛ったり襲ったりしない、しっかり躾けられた息子さんでいい。立ち上がりもしないけど。  甥っ子だっているし、何よりそういうこと抜きで、愛しいと思える相手がいるのが誇らしい。快楽と欲望で繋がっているのではなく、愛おしいと思う気持ちで繋がっている。これこそ純粋で清らかな愛と言える。ふふんと胸を反らしたカイザーに、ロイドは呆れたように目を眇めた。 「……それでいいのは殿下であって、サリーはどうなんですかって言ってるんですけどね」  海の思い出にまたもやニヤつき始めた本命童貞王太子に、ロイドはボソリと呟いた。  手に負えない双璧でも、十回中一回は有益なことを言ったりする。浮かれた王太子はその貴重な十回中の一回を、鼻の下を伸ばしたまま華麗に聞き流した。 「お? もうこんな時間か……今日はサリーとディナーに行くんだ」  チラリとロイドを窺うように盗み見たカイザーに、ロイドは有能な側近の顔で釘を刺す。   「今日のノルマ(業務)が終わらないうちは帰らないでくださいね」  腕組みしてアイスブルーを眇めたロイドに、カイザーはニヤリと笑って赤金の瞳をオレンジに燃え上がらせた。膨大な魔力の発動の気配に、エイデンが片眉を跳ね上げる。 「《統率者》か」  かつて戦乱の時代にあったデルバイス王国は、王家の継承するギフト《支配者の威厳》と《統率者》で覇権を握り、現在の王国の礎を築いた。  王族への畏怖心と、上位者と認める忠誠心を持つ者に対して、思考力・運動能力などの個人能力の引き上げる。影響下にある間は、能力を引き上げた者達の統率権を握る《統率者》。  同じく上位者と認めるものに対して、強制的な恭順を得られる《支配者の威厳》。王国随一の魔力量を誇るカイザーなら、《統率者》は王宮全体、《支配者の威厳》なら王国全域に影響する。  覇者の威厳に打ち震えるようだと讃えられる、カイザーの魔力が展開しても目の前の双璧は平然としていた。 「相変わらず殿下のギフトってうんこだよね」 「そうだな」  敬意の欠片もない双璧の態度に、カイザーはイラッとしてオレンジに光る瞳で睨みつける。 「実に王族らしいギフトだろうが! お前らが無礼者なんだよ!」  ギフトの影響条件は、王族もしくはカイザーへの畏怖と忠誠心。当然微塵も持ち合わせていない双璧には、さっぱり効かない。 「王族らしい、ですか。まぁ、確かに字面は凄そうですよね」 「戦時ならともかく、今のデルバイスでは繁忙期と残業時にしか使い道がない」  どんな時にも有用な希少ギフトを持つ、ギフトガチャ勝者の双璧にカイザーはグッと奥歯を噛み締める。 「……仕事効率が上がるのは素晴らしいだろうが!」  せめて《支配者の威厳》が効けば、双璧を土下座させられるのに。一ミリも影響を受けていない双璧を睨みつけ、カイザーはプリプリしながら研究室を後にした。  サリースとのディナーに間に合わせるべく、カイザーが発動させたギフトの影響で王宮内はにわかに慌ただしくなっていた。
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