かいじゃー、きらい

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かいじゃー、きらい

 迎えたランドルフの結婚式当日。空は快晴。抜けるような青空に太陽が輝いている。カラッとした気性のランドルフの結婚を、祝福するような晴天をサリースは緊張した面持ちで見上げた。  混雑するだろう式場へ、サリースはアーシェと共に先に会場入りした。女性陣は正装で移動は大変だろうと、式場の控え室が開放されている。そんな行き届いた細やかな配慮ができる人が、今日ランドルフの妻になる。 「まぁ、サリー。すごく綺麗……」  ぼんやりと空を見上げていたサリースは、アーシェの声に振り返った。瞳を輝かせているアーシェに、サリースは小さく笑みを浮かべる。   「……ありがとう。アーシェも似合ってるわ。らしくなくて変じゃない?」 「本当にすごく綺麗よ……」 「サラのおかげだわ」  顔を輝かせて誉めてくれるアーシェに、支度を手伝ったサリースの侍女のサラが胸を張った。  自由恋愛の国、デルバイス王国。人生を謳歌することに余念のない国民達にとって、結婚式は重要イベントだ。何せ新郎新婦の友人知人がやってくる。となると参列者達も分かりやすく気合が入る。  孔雀のように着飾る者、逆にシンプルさと上品さを極める者。思い思いに着飾る者達の中で、サリースはいつもできるだけ目立たないよう地味にしていた。  淡いパープルのドレスなんて、今までならきっと選ばなかった。でも今日だけはいつものように隠すのではなく、精一杯着飾りたかった。逃げてばかりだった自分に決別し、古い物語にピリオドをつける決意として。 「サリー……」 「アーシェ、そんな顔しないで」  ずっと好きだった人の結婚式に、常になく着飾って参列する。そんな自分に複雑そうな表情を向けてくるアーシェに、サリースは苦笑した。優しい親友はいつだって心に寄り添おうとしてくれる。 「サリー、何があっても私は貴女の親友で味方よ……だから……」 「うん、ありがとう。アーシェ、心配いらないわ」    いつだって温かいアーシェの言葉に、サリースは頷いた。聞きたいこと、確かめたいことよりもまず、味方だという言葉をくれるアーシェをそっと抱きしめる。 「アーシェって、陰険ロイドにはもったいないわよね……」 「ふふっ……」  小さく笑ってくれた大好きな親友と、本当の家族になりたかった。いつかそんな日が来ることを夢見ていた。おまけにロイドが付いてくるけど。でも今は……。 「そろそろお時間です」  サラの声に促されてサリースアーシェを離すと、サリースは新郎新婦への贈り物を手に取った。慣習として式の終わりに直接主役に手渡す贈り物。何を贈るかずっと迷っていたが、ようやく準備できたプレゼントを抱きしめる。  もう一度窓から晴天を見上げて、サリースは覚悟を決めるように控え室を出た。  今日、憧れ続けた古い物語が幕を下ろす。サリースは顔を上げると、アーシェと共に会場へと向かって歩き始めた。 ※※※※※  先に会場入りしているサリースとアーシェとは別に、混雑する結婚式場へ馬車で乗り合いするため、カイザーはクロハイツ邸に来ていた。着替えをすませ子供達とエイデン、ロイドと共に会場に向かう。出発した馬車の中、カイザーは殴られていた。子供達に。 「カイジャーの嘘つき!」 「しゃりーにやさしくするってやくそくしたでしょ!」 「かいじゃー、きらい!」 「いて! こらっ! やめろ、エルナン、ロシュ、アリス! おい、エイデン、ロイド! 見てないで止めてくれ」  ポコポコと至る所を殴られるカイザーが、子供達をなんとか引き離そうとしながら正面席でただ眺めているだけの双璧を睨んだ。 「アリス、せっかくお姫様みたいなのに髪がほつれちゃったね? おいで、パパが直してあげる」 「エルナン、カイザーの石頭を殴ると怪我をする。痛くはないか? 魔法薬があるぞ」  カイザーをなんとか殴ろうとする二人が、双璧の膝に回収される。回収された兄妹の分まで奮闘するロシュを、カイザーが抱き上げた。 「こら、ロシュ! やめろって! 俺はちゃんと約束を守ってるぞ。サリーを大切にしてるし、すごーく優しくしてるって!」 「しゃりー、げんきがないもん! かいじゃーのせいだ!」 「そうだよ! サリーに優しくするって約束したのに!」 「かいじゃー、きらい!」 「えぇー……俺は狼にもウサギにもならない、紳士的な王子様だぞ……サリーを大事にしてるのに……」  全く信じてくれない子供達の視線に、悲しくなったカイザーは瞳を潤ませてロシュを見やった。ロシュがプイッと顔を背ける。 「大事に、ねぇ……」 「狼にもウサギにもならないのではなく、なれないだけだろう?」  呆れたようなロイドとエイデン、子供達からの冷たい視線にカイザーはしょんぼりと肩を落とした。カイザーは睨みつけてくるロシュをよいせと抱き上げて、アーシェ譲りのはちみつ色の瞳に視線を合わせる。 「あのな、ロシュ。それとエルナンにアリス。俺はサリーが大好きだ。すんごい好きだ。だから意地悪したりしない。約束を守ってちゃんと大切にしている。サリーの元気がないのは……今日が結婚式だからで……」 「母様が結婚式はおめでたい日だって言ってたもん!」 「そうだもん! おめでたいもん!」 「かいじゃー、きらい!」 「いや、おめでたいんだがな……」  ずっと思いを寄せていたランドルフの結婚式。元気なわけがない。 (そんなに落ち込んでいるのか……)  照れたり笑ったり。一緒に過ごす時間に笑顔が増えて、勝手に少しずつ自分に心が向き始めてると思っていた。言葉で形容することが難しい男、ランドルフ(恋敵)は相変わらず強敵のままで、全然勝負になってないのかもしれない。でも今日は気持ちを整理するには決定打になる日だ。そしたらきっと。 「もっと大事にするよ……」  いつかサリーが自分を見てくれるように。今日のようにサリースが傷つくことを前提とした出来事を頼りにしなくても。カイザーのように側にいることで幸せだと思ってもらえるように。 「もっともっと優しくして、大事にする。いつも楽しそうにしていられるように。な? だから殴るのやめて?」  カイザーが浮かべた切なげな笑みを、子供達三人がじっと見つめる。エルナンとロシュが渋々頷き、アリスがプイッとロイドの腕の中に顔を埋めた。 「かいじゃー、きらい!」 「……アリスは手厳しいなぁ」  ヘニョリと眉を下げたカイザーに、ロイドが呆れたようにため息をついた。 「……結婚式のことだけじゃないと思いますけどね。うまく行ってるって信じ込める当たりがさすが本命童貞ですよね。モテてたとか錯覚じゃないんです?」 「はぁ? モテてました!」  即座に訂正するカイザーに、ロイドは呆れエイデンを振り返った。どうでもよさそうな相変わらずの無表情に、   「……義兄弟って似るんだね。息子さんが引きこもるとこまで同じとか……」 「カイザーと一緒にするな」 「いつでもどこでもの暴れん坊より、明らかにマシなんですけどぉ?」  式場に向かう乗り合いした馬車の雰囲気は、あんまりよくなかった。 ※※※※※  結婚式は晴天の空の下に真っ白なパラソルが咲き乱れる、ガーデンウェディングだった。  会場は二人の友人で溢れ賑やかな、お祝いムードで開始を待ち侘びている。会場に姿を現したサリースの美貌に、チラチラと視線が集まっている。 「母様!」 「ママ!」 「アーシェ! すごく綺麗だね。でも藍色じゃなくてアイスブルーにした方が良かったね」 「アーシェ、私の瞳の色がとても似合っている。アイスブルーにしなくてよかった」 「二人ともありがとう」  子供達がアーシェに飛びつき、ロイドとエイデンが着飾ったアーシェに目を細め口付けを贈る。早速双璧がアーシェの腰を取り合うようにガッチリとホールドする光景に、サリースはため息をついた。 「大変そうね……」  さりげなくお互いをディスり合う双璧に挟まれるアーシェに、サリースは眉尻を下げた。 「しゃりー……すごくきれい……おひめさまみたい……」 「まあ、ありがとう、アリスもとってもかわいいわ」    アリスがうっとりとサリースに見惚れて頬を染める。サリースは笑みを浮かべると、アリスの頭を撫でた。 「サリー、本当にとても綺麗だ……」 「……かいじゃー、きらい!」  まだ一滴も飲んでないのにもう酔ったかのように、目元を赤らめてカイザーがサリースに歩み寄る。近づいてきたカイザーをアリスがしこたま蹴り始めた。サリースは戸惑いながらカイザーに視線を合わせる。 「ありがとうございます……あの、大丈夫ですか? アリスがすごい蹴ってますけど……」 「……大丈夫だ。とても綺麗だ、サリー」  浮かれるカイザーに双璧は顔を顰め、アーシェが慌ててアリスを回収する。 「アリス、殿下を蹴ったらダメよ」 「かいじゃー、きらい!」 「もうっ! 一体どうしたの? サリー、ごめんなさい。私たちは先に席に行っているわね」 「うん、そうしてあげて」  頑張ってカイザーを蹴ろうとするアリスを抱いて、二人の夫とアーシェは先に席へと向かっていった。一家を見送るとカイザーが手を差し出してきた。囁き合いながら注目してくる視線に、サリースは一瞬手を取るのを躊躇う。 「サリー……?」  躊躇うサリースに、カイザーが気遣わしげな声を響かせる。見上げたカイザーに、サリースは小さく笑みを浮かべた。   (やっぱり王子様だわ……)  晴天の空の下で艶やかな赤金の髪が、まるで太陽のように輝いている。容姿だけでなく細やかな気遣いをしてくれる、中身まで余す所なく王子様。サリースは躊躇いを振り払い、カイザーの手を取った。きっと今日の選択を、自分は後悔しないだろう。  招待された席へ一緒に向かいながら、サリースは覚悟を決めて隣のカイザーにそっと声をかけた。 「カイザー様。今日、結婚式が終わったらお時間をいただけますか?」 「あ、あぁ、もちろんだ……」  緊張に俯いていたサリースは自分の覚悟の滲む声音が、カイザーの表情を不安げに曇らせたことに気づかなかった。
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