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女神の告白
式が終わりザワザワと会場は二次会に移動する人波と、帰る為の一団で騒がしかった。会場内のサリースに声をかけるタイミングを窺う男たちの視線は、隣のカイザーに遮られサリースまでは届かない。
「あ、サリー! 挨拶を済ませてくるから待っててくれる?」
「うん。混雑してるから、休憩室で待ってるね」
アーシェ達も二次会には参加しない。新郎新婦の親族として、挨拶に忙しそうなアーシェを見送る。振っていた手を下ろしながら、サリースは隣のカイザーを見上げた。
「……行きましょうか」
「ああ……」
クロハイツ邸で式の準備をして、結婚式に来たカイザーもこの後の行き先は同じ。アーシェ達を待つ間の休憩室に向かいながら、サリースはどきどきと心臓を高鳴らせていた。今からサリースはカイザーに告白する。
辿り着いた休憩室の扉を閉める音が、やけに大きく聞こえた気がした。少しの間沈黙が流れ、緊張しながらサリースはカイザーに振り返る。カイザーが浮かべていた痛ましげな表情に、サリースは自分の笑みが消えるのがわかった。少し心が落ち込んだ。サリースは自分がカイザーに期待していたのは、笑顔だったことに気がついた。
ジワリと気持ちに焦りにも似た不安を感じて、取り繕うようにカイザーを見上げる。
「……あの、カイザー様……私……気持ちの整理をつけました……」
長年の片思いへの答えは、幸せを願って想いを手放すこと。
とても好きだった。でもその気持ちを成就させるために、したことは祈ることだけ。想いを心に秘めて願うことだけ。人目ばかりを気にして声をかけるよりも、逃げることに全力を注いでいた。ほしいと伝える勇気を持つことよりも、奇跡を期待してただ見つめるだけだった。
「誠実なカイザー様の隣に、少しでも相応しくあるために。きちんと答えを出して先に進みたいって……だから……」
見つめる先のカイザーが戸惑うように視線を揺らす。その表情に不安が募った。
人目を気にしてばかりの自分がいつの間にか、人目を気にもしていられないほど必死にカイザーに手を伸ばしていた。
笑みを見せて欲しかった。嬉しそうに笑って欲しかった。「よく頑張った。決心してくれて嬉しい。二人の関係を先に進めていこう」そんなふうにカイザーが笑ってくれることを期待していた。
でもカイザーは笑顔じゃない。困惑したように迷うように眉尻を下げている。ランドルフへの想いを諦めた自分を、心配してくれているのかもしれない。カイザーは優しいから。でも今欲しいのはそれではなかった。いつもサリースに誠実に接してくれる、温かい優しさではない。
「もう……間に合いませんか……? ホテルで言った下さったことは、もう遅いですか……?」
待っていてもカイザーの表情は変わらない。何かを言いかけては瞳を揺らし、唇を引き結ぶカイザーにサリースは泣きそうになった。
待たせすぎたかもしれない。一緒に過ごす時間を経て、サリースではないと思い直したかもしれない。笑みを浮かべてくれないカイザーに、芽生えた不安が次々と弱気をつれて来る。
それでもサリースは懸命に顔を上げて、震える声でカイザーに向き合った。何もできずに終わった恋を繰り返したくはなかった。
「……まだ、まだ完全にはランドルフ様への気持ちを断ち切れたとは言えません……」
とても長くランドルフが好きだったから。
「でも……でも、だからこそカイザー様と先に進みたい。私はカイザー様を……好きになりたい……!」
驚いたように顔を上げたカイザーに、決死の覚悟でサリースは駆け寄って腕に手を縋らせた。いつも優しくサリースを見守ってくれる赤金の瞳が、見開かれているのを見つめたまま、サリースは腕に縋ったまま踵を上げる。
吐息がかかる距離まで近づいた唇は、ぐっと掴まれた両肩を押し戻されて急速に離れていった。呆然と見つめた先でカイザーが自分でも驚いたかのように、唖然としている。
「あ……サ、サリー! ちが、違うんだ……俺は……」
焦りを滲ませたカイザーの声に、サリースの視界がブワリと歪む。堪えきれなくなった涙が滑り落ち、サリースはカイザーの手を振り払い駆け出した。
「サリー!!」
引き止めるカイザーの声にも振り返らず、サリースはそのまま回廊を出口に向かって走り抜ける。
「あ! サリー! お待たせ……」
ちょうど挨拶を終え休憩室に向かおうとしていたアーシェの呼びかけに、サリースは足を止めて顔を上げた。
「アーシェ……!!」
飛びついてきたサリースに、アーシェは目を丸めて抱き留める。肩を震わせるサリースに、アーシェが驚く。
「サリー、どうし……」
「サリー!! 違うんだ! サリー! 待ってくれ!」
バタバタと顔面蒼白のカイザーが後を追ってきて、サリースが怯えたように肩を揺らす。アーシェが困ったように夫達を見上げると、双璧は呆れた表情で顔を見合わせた。ロイドが肩を竦める。
「……アーシェ、サリーをつれて先に帰ってて。すぐ行くから」
「うん……サリー、帰りましょう……?」
「サリー……お願いだ……俺は……」
オロオロと声を縋らせるカイザーに、サリースは顔を背けて出口へと歩き出す。カイザーが追ってこようとするのを双璧が引き留め、その足元で子供達は仁王立ちでカイザーを睨みつけている。
ゆっくりと走り出した馬車の中、サリースは痛む胸を抑えて必死に涙を堪えた。アーシェは何があったのか聞くことも憚られるほど、悲しそうなサリースの背を撫でながら、短時間の間にあっという間に拗れた二人にため息を飲み込んだ。
※※※※※
「カイジャーの嘘つき!!」
「かいじゃーのハゲ!!」
「かいじゃー、きらい!!」
ロイドの膝の上でエルナンが顔を真っ赤にして怒り、エイデンの腕から抜け出そうとしながらロシュがカイザーを睨みつける。アリスが目を釣り上げて、馬車内でしょんぼりと肩を落とすカイザーをポカポカと殴った。
「…………ごめん」
カイザーは返す言葉もなかった。
ずっと片思いをしていたランドルフの結婚。硬い表情と寂しそうな瞳で、小さく微笑み二人を見つめていたサリース。何もできない自分がもどかしくて、まだそれほどランドルフに心を残しているのが辛くて、式の間中ずっと胸が痛かった。
『……これ、あの時の絵本だよな? ありがとう、サリース嬢。子供が生まれたらきっと読み聞かせるよ。これからもアーシェと仲良くしてやってくれよな』
ランドルフの言葉に息を呑んで、泣きそうな顔で懸命に笑顔を浮かべていた。
『結婚、おめでとうございます』
サリースは幸せそうな二人を前に、身を引くことを選んだ。思い出の絵本と一緒に、手放した片思い。想いに別れを告げるように最後に、見たこともないほど綺麗に笑ったサリース。その笑顔にカイザーの心は落ち込んだ。自分に振り向かせる自信が急速に萎んでいったのを感じた。
終わりの時さえサリースにそんな顔をさせる恋と、ゲロをかけ、朝帰りと性癖をバラされ、息子さんは引きこもっている。誰が見ても勝ち目などない。
『今日、結婚式が終わったらお時間をいただけますか?』
サリースに式の前に言われた言葉に、不安と期待を感じていたが不安しかなくなっていた。
『でも……でも、だからこそカイザー様と先に進みたい。私はカイザー様を……好きになりたい……!』
そんなふうに言ってもらえるとは、もう微塵も思えなくなっていたカイザーは咄嗟に反応できなかった。艶やかな唇が近づく奇跡が信じられなかった。
ただ側にいられたらいい。本心から思っていた。息子さんの引きこもりを隠すために、慎重に距離をとっていた行動が条件反射的に出てしまい、引き離してしまったことに気づいた時にはもう手遅れで。
「ごめんな……アリス、エルナン、ロシュ……サリーを泣かせてごめん……ちゃんと謝るから……ごめん……」
「かいじゃー、きらい! うそつきだもん!」
「うん……アリス、ごめん。悪かった。ちゃんと謝って、今度こそ二度と泣かせたりしないから」
顔を上げたカイザーの決意を固めた真剣な瞳を、子供達がじっと睨みつける。
「もう、サリーを泣かせたりしない?」
「ああ、二度としないって約束するよ、エルナン」
「しゃりーがゆるしてくれるまで、ちゃんとあやまる?」
「ロシュ、ちゃんと謝る」
「しゃりーとけっこんする?」
「……アリス……うん、一生懸命お願いしてみる」
「やくそくやぶったらショートケーキくれても、もうかいじゃーとはあそんであげないから!」
「分かった。ごめんな」
呆れたようにカイザーに目を眇めるロイドの横で黙って見ていたエイデンが、ゴソゴソとポケットや式の返礼品の包装紙を剥がし始める。
「エイデン? 何してんの?」
首を傾げるロイドの胸ポケットからもスカーフを抜き取ったエイデンは、いきなり魔力を解放した。あらゆるものを作り出すギフト《創造主》が発動し、馬車内に高出力の魔力が充満する。蕩けるようにロイドとエイデンのスカーフが魔力に解け、返礼品に結ばれていたリボンが翻る。
「……なっ!! エイデン! ギフトを発動するなら先に予告しなよ!」
「わかった。発動した」
文句を言うロイドに、真面目くさって事後報告したエイデンが、ずいっとカイザーに手を差し出した。
「ねこちゃん!」
その手に載るふわふわの精巧な子猫のぬいぐるみに、アリスがキラキラと瞳を輝かせる。
「カイザー、受け取れ。副交感神経が優位になる」
「…………」
真顔で力強く頷くエイデンに、カイザーはもう何も言わずに子猫を受けとった。カイザーの内心はロイドが代弁してくれた。
「……今は交感神経だって……息子さんのやる気漲らせて謝罪とか、あり得ないでしょ? 生まれ変わってこいってビンタされるよ?」
「そうか?」
そうだよ。まるで本物の子猫。無駄にクオリティは高い。カイザーはため息をつきながら、子猫をポケットにしまった。子猫が必要になるように、まずは現状をどうにかしなくてはいけない。カイザーはポケットの子猫を握りしめて、唇を引き結んだ。
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