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女帝の征服
「サリー、待って……!!」
「アーシェ、本当にもういいの……」
クロハイツ邸につくなり置いていた荷物を持って、すぐにでも逃げ出そうとするサリースをアーシェは必死に呼び止めた。泣くのを堪えるようなサリースの涙声に、心が痛むからこそアーシェは強く声を上げた。
「サリー!! ……本当にこのまま帰っていいの!?」
「だって……!」
ぴたりと足を止めて、堪えきれなくなった涙をこぼしたサリースを、アーシェはそっと抱きしめた。
「……殿下は他の人と違ったんでしょ? その……息子さんの話を聞いたの……?」
あまりのアホらしさに嫌になったなら分かる。アーシェは念のため確認してみたが、サリースは涙目で首を傾げた。
「息子さん……?」
「……なんでもないわ」
それはまだバレてないらしい。確かにバレたのなら悲しげに泣くより、呆れてどうでもよくなる方が反応としては正しいと思えた。アーシェは内心ため息を吐きながら、悲しげなサリースの背を優しく撫でる。
精神が乱れると自動的に発動する《精神耐性》のギフトを持つアーシェは、親友ながら今まで片想いをしてるサリースに上手く寄り添えていなかったかもしれない。恋をする気持ちは王命での重婚を経て、とんでもない夫たちの愛に振り回されて、ようやく分かるようになったのだから。
「……ごめんね。私は今まで相談のしがいのない親友だったわ」
「そんなこと、ない……」
力無く首を振るサリースに、アーシェは眦を下げた。もっとアーシェが頼れたらなら、サリースが国外逃亡することもなかったかもしれない。もっと寄り添って理解してあげられていたなら。だから今度こそ力になりたかった。もう逃げ出したくなる気持ちが分かるから。それだけカイザーへの想いが大きいのだと。特別な人からの拒絶が怖いと思う気持ちを理解できる。
でもだからこそ、逃げてはいけないとも思う。本音で話し合うことがどれだけ大切かを、二人の夫と過ごしてきたアーシェは知っている。相手の気持ちを自分の裁量で、勝手に決めつけてはいけないことを知っている。相手の本音は本人に確かめなければ分からない。
「……殿下はサリーのことを本当に好きだと思うわ」
「でも……きっともう間に合わない……ま、待たせ過ぎていらなくなったんだわ……こ、告白したけど押しのけられて……」
「……きっと、事情があるのよ」
下半身に。息子さんが引きこもってるとか、悟りを開いているとか。カイザーの紳士面の真相はだいぶ残念だ。でもサリースに対する気持ちに嘘があったわけではない。なんなら息子さんが弱気なのは、サリースのことを好きすぎるのが原因なのだから。
それほど好きなはずなのに、どうしてこんなふうに拗れたのか。確か王太子はもっと賢かったはず。もしも真相を知って、嫌になったのなら味方をする。だいぶ残念だし。悲しいより、ばかばかしいとも思えるはずだ。だから本当を知った上で、サリースには選んで欲しかった。どうしたいかを。
「ちゃんと殿下のお話も聞いてみて欲しいの」
「アーシェ……」
落ち着きを取り戻したサリースに、アーシェが笑みを向けようとした時、玄関がバタバタと騒がしくなった。
「サリー! どこだ! サリー! 俺だ! 話を聞いてくれ!」
人んちの玄関で大騒ぎする王太子の声が響き、サリースが顔色を変えて立ち上がった。
「……む、無理だわ……! 振られるって分かりきってるのに、顔を見て直接言われるとか、耐えられない……!!」
そわそわと立ち上がり、隠れられる場所を探して視線を惑わせるサリースを、アーシェは慌てて宥めにかかる。
「サリー、落ち着いて! 大丈夫だから!」
「サリー!」
カイザーの切実な叫びが響き、アーシェとサリースのいる部屋の扉がバタンと開け放たれた。漲る決意に赤金の瞳を険しくさせ、襲撃してきたカイザーがサリースの姿に動きを止めた。その後ろからエイデンとロイドが顔を覗かせる。
「……サリー……ごめん、俺、は……」
ホッとしたように目元を緩めたカイザーが、サリースに近づこうと一歩踏み出す。サリースはびくりと肩を揺らし、子鹿のように震え出した。
「……いやです! 聞きたくありません……!」
サリースの拒絶にカイザーが、ショックを受けたように顔を歪めて足を止める。止まっていたサリースの涙が、カイザーの姿にまた溢れ出す。
「何も……聞きたくありません……!!」
「サリー……お願いだ……話を……」
「しゃりー!」
「……アリス!」
絞り出すようなサリースの拒絶に、カイザーが震える懇願を縋らせる。それを遮るように野次馬にやってきたエイデンとロイドの足元から、アリスが飛び出してきた。慌ててアーシェが抱き上げようとした腕を振り払って、アリスは涙をこぼすサリースのドレスの裾に縋りついた。続け様にエルナンとロシュまでサリースに駆け寄ってきた。
「しゃりー! なかないで! ショートケーキがごめんしにきたの! だからなかないで!」
「しゃりー、カイジャーはぼくがちゃんとたたいておいたよ!」
「カイジャー、ちゃんと謝るって。だから仲直りして……」
子供達に飛びつかれてサリースの横で、アーシェが顔を顰めた。
「アリス、エルナンにロシュまで……どうして……」
大人の話の場になぜ子供達がいるのか。アーシェは見物したさに一目散に駆けつけてきたらしい、デルバイス国の双璧を睨みつけた。双璧は気まずそうに視線を逸らした。
「サリー……どうか俺の話を聞いてくれ……」
混沌とする場を気にする余裕もないカイザーの哀願が響き、子供達は祈るようにサリースを見上げた。サリーは子供たちの視線に一瞬怯んだが、潤んだ瞳を揺らがせると視線を逸らした。
「今日は……今日は初恋も失ったんです! それなのにカイザー様からの拒絶まで……もう何も聞きたくないんです!!」
「ち、違うんだ! サリー! 頼む話を聞いてくれ! 俺は……俺は……」
必死に声をすがらせるカイザーと、ボロボロと涙をこぼすサリースをアリスは交互に見つめた。そしてうるりとアイスブルーの瞳に涙を滲ませた。
「……なんでぇ……ショ、ショートケーキ、あやまりにきたのに、なんでぇ……ショートケーキとけっこんするって、おやくそくしたのに……なんでぇ……」
涙声のアリスにまずいとアーシェは顔色を変えた。さすがのエイデンとロイドも慌てて駆け寄ろうとしたが、もうアリスの瞳は銀色に輝き始めてしまっていた。
「だめなのぉ……ちゃんとおはなしして、ごめんなさいしないとだめなのぉ……」
「アリス! 泣かないで! 大丈夫よ、殿下とサリーはちゃんとお話しして……」
「ちゃんとおはなししてよぉーーーーー!!」
「「あ……」」
双璧二人が溢れ出した魔力に手遅れを悟る。突然変異で発現したアリスのギフト《女帝の征服》。
エイデンの支配系最上位ギフト《完璧なる助力》とは違い、魔力だけでなくアリスの周辺五メートル以内の全ての者が精神も肉体も支配される。身も心もアリスの犬になる、支配系最強ギフトが発動してしまった。
抵抗条件は血縁者であること。残念ながら王族でも関係ない。バッチリ影響範囲内にいたカイザーとサリースは、主人の命令通りちゃんとお話しをし始めた。
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