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三匹の謝罪
「カイザー様ったら、全然離してくれないの! 初心者なのにずっとかわいいとか綺麗とか好きって言って……何回も……」
「うふふ……大変だったのね」
「そうなの! それなのに……全然……ねぇ、アーシェ……なんで笑ってるの?」
「だって……顔が真っ赤で嬉しそうだから……」
「そんなんじゃ……」
顔は真っ赤な自覚はある。口元も少し緩んでしまっているかもしれない。でも本当に大変だった。
今もお腹の奥がどことなく重いし、あちこちに浮き上がる赤い跡を隠せる服を選ぶのが大変だったし、腰をさすると邸中の使用人たちにニコニコされて恥ずかしかった。
「本当に大変で……」
油断するとカイザーの体温や、優しく囁く睦言が蘇ってしまう。熱くなっている頬に手のひらを当てると、アーシェはくすくすと笑みをこぼした。
「もう! アーシェったら、ちゃんと聞いてよ!」
「ふふふっ……ちゃんと聞いてるわ。殿下がすごく情熱的で困ってるんでしょ? 惚気話で耳が痒いわ」
「アーシェ!」
ずっと微笑ましそうに見てくるアーシェに、サリースが思わず声を上げる。
「……カイジャー、またサリーを困らせてるの?」
「カイジャー、たおす?」
「かいじゃー、わるいこ!」
心配そうにサリースを見つめる子供達に、サリースは口籠った。
「ち、違うの……カイザー様は優しくしてくれるわ……本当よ、でも優しいけど意地悪っていうか……優しく意地悪するっていうか……」
しどろもどろ答えながら、つい昨日のことを思い出してしまい赤くなって俯くサリースに、子供達が首を傾げた。
「優しいのに意地悪なの?」
「やさしくいじわるするの? 僕わかんない。どんなことするの?」
「かいじゃー、だめ!」
非常に答えにくい子供達の質問に、アーシェが苦笑しながらパンと手を叩いた。
「殿下とサリーはとっても仲良しだから大丈夫よ。ね? サリー?」
「え、ええ……仲良しよ」
「だから心配いらないわ。さあ、みんなでおやつを食べましょう」
頷いたサリースに安心し、おやつに顔を輝かせた子供達は、一斉にテーブルに手を伸ばした。早速モリモリと食べ始めたアリスの横で、嬉しそうだったエルナンがプリンを手にしゅんと肩を落とした。
「……僕、父様とプリン食べたかった……母様、また父様とパパに怒ってるの?」
エルナンの言葉にロシュも、エクレアを持ったまま悲しそうに俯いた。
「僕、とうさまとおさんぽして、パパとニンジャごっこするやくそくしてたのに、かえってこない……」
「アリスも……もぐもぐ……で、もぐもぐするってもぐもぐ……」
悲しそうなエルナンとロシュ。そして何か言ってるアリスに、サリースはオロオロとアーシェを振り返る。
大人の話の場に野次馬したいばかりに、子供達まで連れてきたロイドとエイデンに対しアーシェは怒っている。でも元はと言えば、自分たちが人んちで大騒ぎしたのが原因だ。そのせいで子供達がしょんぼりしているのは、胸が痛かった。
「アーシェ……そもそもは私たちが悪いの……だからもうロイドとエイデンさんを、許してあげてほしいわ……」
「でも、この先また同じことがあったら……」
「「アーシェ!!」」
「サリー!!」
サリースが双璧を庇ったタイミングで、突然扉が開かれる。そしてロイドとエイデン、カイザーが駆け込んできた。流れるような動きで目の前で跪き、さっと国宝の品を掲げられる。謝罪しなれすぎた動きだった。
「「「すいませんでした!!!」」」
一糸乱れぬその動きにサリースが呆然とする横で、謝られ慣れているアーシェが呆れたようにため息をつく。
「……あー……夫人、元はと言えば俺がサリーに、誤解させるような態度をとってしまったせいだ。俺からも頼む。エイデンとロイドを許してやってほしい……」
謝罪するカイザーから、アーシェがエイデンとロイドに視線を向ける。
「アーシェ、見学を優先……サリーと殿下が心配すぎて、子供達への配慮を後回しにしてごめんね。気をつけるから、お願いだから僕を許して……」
「アーシェ……私は今回、優先順位を誤ったと理解した。再発防止の対策も万全だ。私を許してほしい」
視線をアーシェに縋らせて、わかりやすく反省を滲ませている双璧。
「アーシェ……」
ハラハラと不安になりながら見守るサリースに、アーシェは振り返ると困ったように苦笑を見せた。そのままため息を吐いて双璧に頷いた。
「……わかりました。このままだとサリーが気にするので許します」
「「アーシェ!!」」
パッと顔を輝かせたエイデンとロイドに、アーシェは捧げる宝石に眉尻を下げた。
「……宝石はいりません。殿下に返してください。二人ともサリーが気にするから許すのです。これからは父親として子供達の手本になるよう、行動してくださいね」
「「はい!!」」
アリスのように元気の良すぎる返事を返し、デルバイスの双璧はニコニコと子供達を抱き寄せてアーシェを取り囲む。
サリースは自分たちのせいでの夫婦喧嘩の収束にホッとしながらも、ちゃんと反省しているのか一抹の不安に胸を抑えた。アーシェ、大変そう。
「……サリー」
そっと名前を呼ばれて、サリースはハッと跪くカイザーに振り返る。帰ってきた父親達に抱きついていた子供達が、慌ててサリースの背後に並ぶと、守るように仁王立ちした。
赤金の瞳を潤ませながらサリースを見上げていたカイザーが、両手で捧げ持ったビロードの小箱の蓋をパカッと開く。潤んだカイザーの瞳と全く同じ色の、燃え上がるような赤に金が混じったような鮮やかなルビー。思わず唇に手を当てたサリースに、カイザーは縋るように声を押し出した。
「……サリー、無理をさせて本当にすまなかった。心から反省している。もう二度と繰り返さないという戒めを込めた、お詫びの印だ。受け取ってほしい……」
「カイザー様……」
戒めプレゼントは初のサリースが、うるりと瞳を揺らす。ご機嫌なエイデンとロイドに、腰をガッチリホールドされているアーシェが、眉尻を下げて小さく呟いた。
「サリー……戒められたりしないわ……」
もう何個も戒めプレゼントを持っているアーシェの呟きは、サリースには届かなかった。
「シャリー、たおす?」
憤然と仁王立ちするロシュの横で、エルナンとアリスも鼻息を荒くする。全力で自分の味方をしてくれようとする子供達に、サリースは優しく微笑みを浮かべて首を振った。
「みんな、ありがとう。でも倒さないで。カイザー様が倒されちゃったら、仲直りができなくなってしまうから……」
「……サリー!!」
パッと顔を輝かせて立ち上がったカイザーが、ガバリとサリースを抱きしめる。サリースもそっとカイザーの背に腕を回しながら、小さく囁いた。
「……カイザー様、今度からはもう少し手加減してくださいね」
「ああ……君を大切にすると約束する。俺は紳士だからな」
紳士と言い張るカイザーに思わず笑みをこぼしながら、そっと腕を解く。カイザーを笑みを交わす横で、子供達がカイザーを見上げた。
「カイジャー、サリーを泣かしたらだめなんだからね!」
「やさしくしないと、僕がたおすからね!」
「かいじゃー、いいこにしないとめっ!!」
苦笑しながらカイザーがしゃがみ込み、三人の頭を撫でる。
「怒られないように、サリーを大切にする。今度お詫びにお菓子を持って来るからもう許してくれ」
「プリン!」
「マカロン!」
「ショートケーキ!」
「分かった。ちゃんと持って来るからな」
機嫌を直した子供達にカイザーが立ち上がると、ロイドがにっこりと笑みを浮かべた。
「じゃ、用事も済んだことだし、もう帰りますよね? 僕はこれからアーシェとちゃんと仲直りしないといけないんで!」
「ああ、もう帰るといい。私もアーシェにきちんと謝罪したい」
早速追い出そうとするロイドとエイデンに、アーシェがにっこりと笑みを浮かべた。
「……ロイ、エイデン。子供達と遊ぶ約束をしてるわよね?」
「え、うん……でも、アーシェ……昨日は三人の日だったでしょ? だから……」
「アーシェ、私は君に謝ってから子供達とは遊ぼうと思う」
「「「えーーーっ!!」」」
不満げに声を上げた子供達にアーシェはにっこりと微笑むと、期待顔の双璧にキッパリと言い渡した。
「子供達との約束が先です!」
「「……はい」」
「……アーシェ、大変そう」
しょんぼりする双璧を眺めて、サリースはボソリと呟いた。子供達より子供な双璧の面倒は、アーシェだからみれるのだろう。
「サリー……あいつらは放っておいて帰ろう」
ご機嫌なカイザーが差し出した手をとり、サリースはクロハイツ邸を後にした。
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