恋愛相談

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  「えっ!? 殿下に告白されたの!!」 「……うん」  夫と兄たちを見送り真っ直ぐ向かった客間で、アーシェは驚きに目を丸めた。サリースはと言うと真っ赤になって俯いている。 (殿下、すごいわ……)  ゲロかけた直後に告白とか。なかなかできることではない。王太子の想定外の強心臓ムーブに、アーシェは素直に感心した。 「……それで、お返事はしたの?」 「まだ……どうお断りしたら……」    絵本を抱きしめたまま、真っ赤になっているサリースをチラリと見やる。 (……お断り、か……そうよね)    ゲロだもんね。ちょっとがっかりしながら、赤くなってもじもじするサリースを見つめる。アーシェは首を傾げた。なんだかちょっと違和感がある。 (びっくりしすぎて……?)  衝撃に次ぐ衝撃のせいか、サリースの様子がおかしい。なんというか困ってもいるし、戸惑ってもいる。でもどこか恋に気後れしている空気にも思える。もう無理そう。そう思っていたアーシェが、ちょっと期待したくなるくらいに。 (でも……ゲロ王子だもの……)  アーシェは期待しそうな自分に首を振った。これはきっと吊り橋効果というものだろう。  一国の王太子にゲロかけられた直後に、告白されることってまずない。立て続けの衝撃に、ちょっと感情がバグってしまっているだけ。ゲロ王子って、冷静にならなくても相当カッコ悪い。  ただ、ほぼ初対面でゲロる所業(ミス)は、相殺できているのかもしれない。ゲロ直後に告白という力技で。サリースには、ゲロより告白の方が衝撃的だったようだから。 「ねぇ、サリー。もし……」 「しゃりー!!」 「しゃりー! 今日もごほんよんで!」 「いっしょにご飯食べよう! 僕の隣にすわって!」  アーシェが口を開きかけた時、パタパタと騒がしく駆け込んできた子供達が、あっというまにサリースを取り囲む。 「……まずはご飯にしましょうか」  アーシェは立ち上がると、ゲロ王子の告白の内容の確認より先に、遅めの朝食を食べることにした。 ※※※※※  エイデンの研究室の棚を、ガサガサ漁っていたロイドが、眉根を寄せてエイデンに振り返った。 「おかしいな……ねえ、エイデン、ここに置いといた僕の茶葉知らない?」 「ああ、飲んだ。総角的に見てアーシェの好みだ。常備茶葉として採用するといい」 「は? 勝手に飲むなよ! 僕はまだ確かめてなかったのに!」 「私の研究室に置かれていたが?」 「だからって勝手に……」 「ロイド!!!」  エイデンに詰め寄ろうとしたロイドが、研究室の扉を蹴破る勢いで入ってきたカイザーに振り返った。カイザーはよろよろとロイドに近づいてくると、そのまま足元にへたり込んで涙声で叫んだ。 「助言をください!!」  いきなり縋りついてきたカイザーを、ロイドはドン引きしながら見下ろした。エイデンが茶を啜り、カタリとカップを置く。 「カイザー、うるさい」  冷ややかなエイデンにもめげず、ぐずぐずと鼻を啜りながらカイザーは、勧められもしないのにソファーに座った。そしてそのまま聞かれてもいないのに、ゲロ事件のその後を話し始めた。 「告白……ですか? あの状況で?」    聴き終えたロイドが目を見開いて、未知の生物を見る目をカイザーに向けた。 「ゲロかけた直後に告白とか、破滅願望とかあるんですか? メンタル化け物すぎません?」  過去、不貞未遂の相手の前で、無断で撮影した妻との愛の記録を垂れ流し自慰を決行。さらにその事実を全国民に堂々と公開したロイドが、自分を棚に上げてドン引きした。  ロイドくらいになると、特大ブーメランとか全然痛くない。ブーメランダメージがゼロのロイドに、カイザーもツッコむ無駄を省いた。時間は有限なのだ。   「なんとかお友達からをもぎ取った……だがここからどう挽回すればいいのか……」  カイザーにも恋愛経験はある。なんなら豊富といってもいい。なんと言っても王太子。ちゃんとモテていた。ただゲロ王子からの巻き返しができるほどではない。  サリースに抱く気持ちは、過去のデータベースを漁っても感じたことのない想いだった。もうその時点でお手上げだ。カイザーはウルウルとロイドを見つめる。   「頼む、ロイド……助言をくれ!!」  混じり気のない金色の髪、透き通るアイスブルーの瞳。甘やかな美貌の貴公子は、空前絶後のモテ男だ。王国一といってもいい。  ただモテるだけでなく、ロイドのすごいところは本命を嫁にしていること。そしてやらかしの達人でもある。ロイドならゲロ程度、なんとかできそう。いや、できるはず。  カイザーは恥を忍んで助けを求めた。そもそももう忍ぶほどの恥も残っていない。ゲロ王子というどのくらいのマイナスなのか、想像もつかない立ち位置からの逆転を、カイザーはロイドに賭けた。  ロイドはカイザーの切実さを汲み取ると、美しい顔を天使の如く微笑ませる。 「王命でも出せばいいんじゃないですか?」  天使の顔をした悪魔は根に持ちすぎる性格を、ここぞとばかりに遺憾なく発揮した。痛烈な嫌味にカイザーは涙目になる。 「……ロイド君……お願い! そんなこと言わないで! 助けて!」 「うわっ! ちょっとやめてください! 鼻水がつくじゃないですか!!」  心底嫌そうなロイドに、必死に縋るカイザー。二人が揉み合っている横で、エイデンのわざとらしい咳払いが響き渡った。振り返るとエイデンは優雅にカップを置いて、カイザーに少し不満げに首を傾げて見せた。 「カイザー、なぜ私を頼らない?」 「……ふぇ?」  エイデンは知性が漂う鋭利な美貌の顎を、昂然とスッと逸らして見せた。長い足をゆったりを組み、ゾクリとするほど美しい顔をドヤらせる。   「私は妻帯者だ」 「エイデン……お前……」  なぜ勝ち誇っているのか。王命で結婚できたやつが、ゴリゴリと既婚者アピールしてくることにカイザーは驚愕した。   「ロイドに頼らずとも、私に聞けばいい」 「……なんで、恋愛相談されると思ってるの?」  エイデンのくせに。王命で生涯独身を辛くも回避した男が、どうして恋愛相談されると思えるのか。得意げなのがすごくむかつく。 「私はアーシェと結婚し、現在も円満な家庭を築いている」 「……なるほど、一理あるね」 「え? ある? 本当に? なくない?」  特殊事例すぎて、参考にならない。円満な家庭とやらはひとえに、《寛容》《精神耐性》のギフトを持つ、アーシェの並外れた大らかさと忍耐で保たれている。ロイドは無駄にやる気を見せるエイデンの隣で、こちらもスラリと長い足を優雅に組み替えた。 「考えてもみてください。エイデンは愛液採取からの逆転ですよ?」 「それは……」 「言ってみれば勝ち組です」 「え、そう?」  そうではなくない? 微妙な顔をするカイザーににっこりと微笑み、ロイドはエイデンを振り返った。   「エイデンなら、どうすればいいと思う?」 「一刻も早い性交渉を推奨する」 「エイデン……」  なんならそれを相談にきている。ゲロをかけたマイナスの立ち位置から、性交渉に至る関係になる方法。それを聞くためにここにいる。なのに過程も全部すっ飛ばして性交渉とか。それができたらここに来てない。エイデンすぎる回答は、聞くだけ無駄。カイザーは愛液を採取する奴のアドバイスは、役に立たないことを悟った。 「ロイド、頼む……ここからどうすればいい……もう一ミリも失敗できないんだ!」  ロイドに縋るカイザーの横で、エイデンはドヤ顔で一口お茶を啜った。 「要するに心理的ハードルを下げればいい」 「殿下、待って。エイデンがなんか言ってる!」  やたらエイデンを仲間に入れたがるロイドに、カイザーは渋々顔を振り向けた。既婚者の余裕を漂わせたエイデンが、口角をわずかに釣り上げる。すごく自信満々だった。   「性交渉が可能なまでに、な」 「まあ、そうかもね。もうゲロのハードルは下げたもんね。ある意味性交渉より難易度高いし」 「……そのハードルはどう下げるんだ?」  カイザーの問いに、ぴたりとエイデンが動きを止める。カイザーは深くため息をついて、ロイドに振り返った。 「ほらみろ、役に立たねーじゃねーか! 頼む、ロイド。お前の助言が頼りなんだ!」 「性交渉はしないんです? そっちの方が面白いですよ?」 「いきなり性交渉とか頭おかしいだろ! 面白さは求めてないんだよ! 頼む、真剣に考えてくれ!」 「わかりましたから、縋り付かないでください。気持ち悪い」 「ひどい」 「まぁ、真面目な話。僕なら他を考える余裕と余地を完全になくします。完膚なきまでに。で、その状態を一生涯維持します。殿下以外の選択肢をなくせば、自ずと手に入りますよ?」 「ロイド……」  カイザーは目を見開いたまま、美貌の双璧を見つめた。相談先を間違えてた。カイザーはようやく気づいた。  確かに目の前の二人は桁外れの美形だ。ただ桁外れなのは美貌だけではない。一般的な常識からも大きく外れている。輝く顔面で無罪を勝ち取ってきた、ストーカーと変人なのだ。 「俺はなんで……」    双璧(バカども)からまともな回答を、得られると思っていたのか。カイザーは額を覆い、フラフラと立ち上がった。 「騒がせたな……」  恋は人を愚かにするらしい。最高に無駄な時間を過ごしたことを悟ったカイザーは、拉致やら理解不能の奇行を勧められる前に、もう帰ることにした。  溺れる者として藁を掴んだが、結局藁では助からないのだ。ちゃんと浮き輪を探そうと帰りかけたカイザーに、エイデンの声が滑り込む。 「……成功例をトレースしてはどうだ?」 「成功例のトレース?」 「私はお茶会から開始して、デートをし婚姻に至った」 「無難すぎない? あんまり面白くないと思うよ?」  まだ面白さを諦めないロイドが、言いながら欠伸を堪えた。飽きてもきているらしい。その横でエイデンはやる気満々で、力強く頷いてくる。   「場所は王宮の中庭だな。任せておけ、サポートしよう」 「サポートって……え、何をする気だ……?」  ポンコツが勝手に動き出しそうな気配に、カイザーは不安げに眉根を寄せる。会って会話をする。正直エイデンとは思えない、相当まともな策ではあったが不安しかない。 「アーシェに頼んでおこう」 「……え、本当にするの?」  サリースに会いたい。女神と会って話がしたい。でも不安すぎる。女神と会いたい気持ちと不安を天秤にかけながら、カイザーは双璧をチラリと盗み見る。  そして気づいた。目の前のポンコツどもが、現状唯一の連絡窓口を握っている、と。サリースに会いたいなら、ポンコツの双璧を頼るしかない。 (……夫人……夫人ならきっと……!)  カイザーはお茶っ葉のことで揉め始めた双璧の横で、やっとアーシェの協力をまず仰ぐべきだったと思い至ったが、もう手遅れだった。
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