4 秘密の恋人

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4 秘密の恋人

 佐伯は珈琲にこだわりがあるようだ。  起床してから、もう一度セックスして、ルームサービスで遅い朝食を頼んだ時も、珈琲だけは、自分が持ち込んだ豆をコーヒーミルで挽いて作った。  フルーティーな味わいで、どこかのカフェで出してもおかしくないほど美味しい出来で、紗季は溜息を付く。彼女もまた、珈琲が大好きでこだわりを持っていたから。  佐伯は、また気分を変えるために別の高級ホテルに滞在し、都内のマンションに帰るのだという。  紗季の生まれて初めてのワンナイ相手は、彼女にとってハイスペ過ぎる男性で、体の相性は自分にとって最高の人だった。  昼になってもどこか心と体がふわふわとするが、明日になればいつもの日常に戻り、昨日の夜の夢のような出来事なんて、忙しい日々に飲み込まれ、忘れ去っていくのだろうか。   それは、なんだか寂しい。 「あまり長居しても、佐伯さんのお仕事の邪魔になりますね」 「ああ。すまない。締め切りが近くてね。君の最寄り駅まで送るよ」 「ありがとうございます」  高級外車の助手席に乗った紗季は、外の景色を眺めながら、思いのほか自分が割り切れていない事に気付いた。  正直に言うと、佐伯に惹かれている。  けれど大人として、一晩だけと決めたのだから、あまり佐伯に迷惑は掛けたくない。  しばらく、無言のまま車は走り抜け最寄り駅まで着くと、紗季はお礼を言って後髪を引かれるようにして車から降りた。  ふと、フロントドアガラスを開けた佐伯は、紗季に話しかけた。   「また、君と東京のどこかで出会えたら、それは偶然の確率から言うと、運命だろうな。だけど、僕はそんな非現実的な事は信じないんだ」 「……佐伯さん?」  佐伯の指の間に挟まれていたのは、彼の名刺だった。QRコードに電話番号も載ってある。紗季はそれを手に取ると、目を見開いて彼を見た。 「那央人で良い。またご主人様が恋しくなったら、いつでも僕に連絡をくれ。調教(あそび)の時間は作るものだからね」 「は、はい……、那央人さん。また必ず連絡します」  見つめ合って、どちらともなくドア越しに口付けると、佐伯はクラクションを鳴らし車を走らせた。  このまま、佐伯と紗季が恋人として付き合えるかどうかはまだ分からないが、ハロウィンの夜に自分の欲望を満たしてくれる、最高の『ご主人様』と出会えた。   「秘密のご主人様……か」  紗季は久しぶりのセックスに気怠さを感じながらも、帰る足取りは軽かった。新しい恋を見つけたかもしれない。  了
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