1ハロウィンの夜に

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1ハロウィンの夜に

 紗季(さき)は、ハロウィンの仮装をして酔い潰れている若い子達を横目に見ながら、後輩の緑川と歩いていた。  駅へと向かう女子の集団は各々(おのおの)、吸血鬼や小悪魔、魔女の格好をしている。動画配信でもしているようで、スマホに向かってはしゃぎながら手を振っていた。  学生の頃の紗季は、なにかしら悩みがあっても、あの子達のように、世間の行事(イベント)に心を躍らせ、友達と馬鹿騒ぎをしてストレスを発散させていた。  けれど年齢と共に、だんだんとそれも難しくなっていくように思う。昔ほど、心に蓄積(ちくせき)された疲労が、簡単に落とせなくなっている。  親友は家庭を持っていて子育てに忙しいし、別の友人は仕事が忙しくて、お互いの時間を合わせる事が、難しくなってきていた。  年齢を重ねるごとに、紗季が任される仕事は増え、休日は泥のように眠って、一日が光の速さで過ぎていく。そんな日々が惰性で何年も続いているような感じだ。  紗季は、来年で三十路になる。  彼女は未婚だったが、特に結婚したいとも思わないし、したくないとも思っていない。自然の流れに身を任せ、もしご縁があれば、誰かと結婚できれば良いと思うくらいで、特別家庭を持つ事に憧れはなかった。  働きながら子育てをしている同級生の体力に感心しているが、正直な所、自分が同じように子育てが出来るかと問われると、自信はない。  今は晩婚の時代だし、必ずしも結婚する必要なんてない。  焦る必要なんてないでしょ、と思うものの、誰かに側に居てもらいたい、人肌恋しいと思う瞬間はある。 「那珂川(なかがわ)さん。今日は本当にご指導して下さって、ありがとうございます。今回のミス、本当に血の気が引いてしまって。那珂川さんがフォローしてくれていなかったら……私、終わってました……うっうっ」 「今回の件は、取引先にもご理解して頂いたし、再発防止につとめましょう。私が新人の時にも、緑川さんと同じようにやらかした事があるしね」 「先輩、美人だし、優しいし、ほんと女神過ぎる~~!」 「緑川さん。それよりちょっと、飲みすぎてるみたいだから、タクシーで帰った方がいいんじゃないの? 呼ぼうか?」  緑川詩音(しおん)は新入社員二年目だ。  今の若い子らしく、彼女は素直で親しみやすい。よくある凡ミスが、結果的に重大なミスを招いてしまって、取引先に客注商品の納品が遅れてしまった。  こんな大きなトラブルになったのは、彼女が入社して初めてだったので、随分と落ち込んでいる様子だった。紗季のフォローがなければ、危うく課長が、取引先に菓子折りを持って、直接謝罪に向かわなくてはならなかっただろう。  紗季は落ち込む詩音を見兼ねて、行きつけのイタリアン料理店に彼女を誘い、美味しい料理と酒を飲みつつ後輩を激励した。詩音は仕事の愚痴をさんざん紗季にぶち撒けて、お互いほろ酔い気分で、お開きとなった。 「あ、彼氏にラインしたので、もうすぐ車で迎えに来てくれると思います。那珂川さん、今日は本当にご馳走様でした。私、最高の先輩が身近に居て幸せです」 「彼氏が来るまで心配だから、緑川さんのお話相手になろうかな」 「いえいえ、あと五分くらいで着くと思いますから、大丈夫です。あ、那珂川さん。もし良かったら、ご自宅の最寄りの場所まで車に乗って行かれますか?」   紗季は少し考えて首を振った。  このまま帰宅してもいいが、明日は休日だし、もう少しだけどこかで飲みたい気分だった。 「私はもう少し飲んでから帰ろうかな。せっかくのハロウィンだしね。それじゃあ気を付けてね」
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