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 修学旅行から帰って来たら、タロウがいた。 「タロウ!」  弟の和彦が名前を呼ぶ。  すると、タロウは弟の側まで勢いよく走って来ると、尻尾を激しく振りながら上半身を伏せる。しかし、伏せていたのは、ほんの一瞬で、直ぐにあらぬ方へと、すっとんでいってしまった。  母が、その様子を、にこにこと笑顔で見守っている。  タロウは家族の周りをグルグルと円を描くように駆けまわる。もう、楽しくてしょうがないといった感じだ。 「タロウ!」  父が、名前を呼ぶと、タロウは走るのをやめて、ゆっくりと父に近づく。そして、ワン、と一声吠えると、父の足に擦り寄った。 「何、この犬?」  僕は、ただいま、を言う前に尋ねた。答えは分かっているけれど。 「飼うことにしたの。今日から我が家の家族よ」  母が眼を輝かせて報告した。  はい、はい、そうでしょうよ。  しかしさあ、そういうことって普通、家族で話し合ってから決めない?  修学旅行に行く前に、犬を飼うなんて話、全く無かったのに。 「名前……」 「タロウ、て言うの。かわいいでしょう」  いや、それは、分かっています。さっきから呼んでるじゃん。そうじゃなくて、 「みんなで決めたの」  母が力強く言い切る。  はあ、そうなんでしょうね。僕を除く、みんなね。  僕は、これから一緒に過ごす新しい家族の名前を決める大切な場に、立ち会えなかった訳だが……  目の前で舌を出して、ハア、ハアと激しい息を吐きながら、つぶらな黒い瞳で見上げてくる可愛い子犬を見ていると、もう、そんなことは、どうでもよくなってきた。  洋犬なのに、タロウ……まあ、いいんだけどね。
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