エピローグ

1/1
前へ
/52ページ
次へ

エピローグ

 宇津木さん、(あきら)さんの読み通り、東京壊滅からの一か月後、ドローンなどで人間の生命反応が無い事を確認するや、自衛隊が東京入りを果たした。  人命救助ではなく、瓦礫となった町の状況確認である。  もしくは、犯してしまった大量殺人の証拠を消すためかもしれない。  だからか、たった三日、それも日にほんの一時間、あるいは二時間滞在しただけであるというのに、職務放棄をする者が出た。  しかし、それを上に報告する者はいなかった。  それだけでなく、消えた隊員を誰も探そうとしないのだ。  地下金庫に盗み放題の金塊があったと知ったからかもしれない。  はぐれて戻って来ない隊員は、死んでしまっているというのに。  爆発して死んでしまった者、私達の治療に使われた者。  どちらにも痛みは無かったはずだと思いたい。  私達が生きるためには必要だったし、有効活用はさせてもらった。  体格の良い亮さんと高杉は死亡した自衛隊の制服を着こみ、死んでしまった人が運転していた車を奪い、死んだ兵士のふりをしてバリケードを通った。  でも、移動してどうするのか?って亮さんは頭を悩ませている。  彼は本当に優しい。  私を私のお母さんの所に連れて行くって約束してくれた事を守るために、彼としては許せない行為を歯を食いしばりながら行ってくれるのだ。  母は私など望んでいなかった、のに。 「美梨!!あなたはなんてことをしたの!!」  屋上で母に掛けた電話は母を驚かせたが、その驚きは私が生きていた喜びの驚きでは無かった。  その反対だったのだ。  私のせいで、お父さんとあの女達が死んでいた、から。  私は亨君に会えなくなってから、毎日が辛くて、辛かったから、お父さんに会いに行ったのである。  お父さんは私とお母さんが住めなくなった家に住んではいない。  私達の家を売ったお金で、お父さんは別の町で新しい家を買い、あの女とあの女のあれと住んでいた。  まるで私達との暮らしが全部汚くて忘れ去りたいようにして。  笑っていた。  三人で笑って歩いていた。  私はこんなに辛いのに。  だから、あいつらが浮気して子供を作ったというビラを作り、私はそこいらじゅうにそれをばら撒いてやったのだ。  人が沢山いるところで、大声で罵ってやったのだ。 「美梨!!あなたなの!!どうして生きていたの!!」 「お母さん?」 「あなたはどうして私の邪魔ばかりするの?あなたのせいで私の家もお金もあいつらに取られたのじゃない。それなのに、あなたは問題ばかり」 「お母さん。私だってお父さんの子供で生まれたかった。私こそ保土ヶ谷美梨でいたかった。全部お母さんのせいじゃない!!あいつらだって、お母さんと結婚している最中に不倫してたんじゃん!!死んで当たり前だよ。いいから助けて。私にヘリを回して。私のためにヘリを回して」 「美梨!!」 「いいから私を助けてよ!!あんたのせいでお父さんに捨てられたんだ!!あんたのせいで私はみんなに捨てられるんだ!!」  母が私に寄こしてくれたヘリは、単なる巡回ヘリだった。  東京上空だけを巡り、ぐるぐると、警察官に消防隊員、そして自衛官と、パンデミックを抑える人達を乗せて巡るだけのプロペラだった。  お母さんは私を切り捨てたんだ。  私が追い詰めたせいで、お父さんのあいつとあれが池に落ちて死んだから。  あいつらが貯水池で死んだせいで、お母さん達が隠していた罪が浮き上がってしまったから。  宇賀神が言っていた通り、貯水池にはブユの卵が沢山あった。  車からガソリンが漏れて燃えたから?  だから、一気にブユが羽化しちゃった?  だから、感染したお父さんが私に復讐に来たの? 「美梨。君をお母さんに絶対に届けるから心配しないで」  揺れる車の中、亨君は私の手を握る。  私は彼に微笑みながら彼の手を握り返す。  笑顔になっているかわからないけれど。  だって、私の皮膚はボロボロだ。 「美梨。泣かないで。君の水分が消えてしまう。すぐに狩りをするから安心して」 「亨君はそれでいいの?警察官だったあなたが、辛くはないの?」  亨君は私に微笑んだ。  彼の額の銃創は消えている。  だけど、彼の皮膚は乾いてお爺ちゃんみたいになっている。  私達は感染者だから。  肉体内部を虫で再構成できるから生きていけるけれど、もともとあった皮膚に水分も栄養の補給も虫が作り出す組織では出来ない。  結果として、時間が経つごとに私達の外見は乾き、まるでミイラのようにカサカサになってしまうのだ。  そんな私達に出来る修復行為。  殺した人間の血で皮膚を潤す。  新鮮な血液から栄養と水分を皮膚は得るだけでなく、血の中に溶け込んだ虫が皮膚の傷の修復にもとりかかれる。  つまり、私達は新鮮な血を持つ人間が存在し、人間を殺し続ける事が出来る限り、不老不死でいられるのだ。  宇賀神が死んでいて良かった。  彼も一緒だったら、私達は本当に困った事になっただろう。  彼は変態だからこそゆるぎない倫理観を持っていた。  私への最大の障害となっただろう。  だって、生理食塩水でも事を成せるってことを、私は誰にも伝えていない。  宇賀神の血を被った私の額の怪我が治った事で、亨君の右手を付け直す時に宇賀神の血を亮さんは利用したのだ。  人間の血が私達には有効だって知ったから、私達は人間狩りをしている。  狩りをして罪を一緒に重ねるから、私達は誰も裏切らないのだと私は思う。 「美梨、大丈夫だよ。俺を信じて」 「亨君」 「人間は生きる為なら何だってするんだ。ならば、俺達が生きるためにできることをしたっていいだろう?」  私は亨君の手を握り返した。  彼への気持が私が人でいられる最後の拠り所だから。  これだけは純粋できれいなものだから。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加