序章

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序章

 誰もが二十数年前の事件の再発なのではないかと脅えた。  サリンを地下鉄に撒いての未曽有の被害を産んだあの再現だ。  東京の、それも早朝の通勤通学時間に走っていた三路線の三車両が原因不明の惨劇に見舞われたのである。  死亡者はどの車両においてもその被害を産んだ最初の人物であり、異常から逃げ出そうとする乗客のパニックによって、第二、第三の被害が生まれた。  今や生き残った乗客達は一番手近な救急病院に搬送されて治療を受けているとのことだが、被害者を受け入れた病院は全て隔離されることになった。  俺は上司からの命令を受けながら、自分の行き先が自分の良く知っている人物が搬送された先であることに喜びを感じた。  一瞬だけ。  この状況なのだ。  俺の職務は何だ?  いざという時の覚悟を考えてみろ?  そう自問してみれば、暗鬱な気持ちに陥るばかりか、口中に苦いものを感じるほどなのだ。  一般人に対する射撃許可など、そんなものはドラマの中だけで良い。
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