一 ほくろ

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一 ほくろ

 自分の身体でありながら、自分の体を全部知っているという人はいないと思う。  だからこそ右膝の天辺にぽつんとある黒子にある時急に気になっても、昔からあったものか、あるいは新しくできたものなのか、今の私には判断はつかなかったのだ。  昔からあるものなのに、改めてそんなものに大騒ぎをしてしまったとしたら、それはそれで恥ずかしいではないか。  だが、私はその黒子が気になって仕方が無かった。  なぜかわからないが、人生が変わってしまうと感じてしまう程に。  それなのに、私は黒子を不確かなものだからと自分に言い聞かせて、病院に行こうとはしなかった。  誰の目にも異常とわかる黒子であったと医者に言われたら、それは世界が壊れるぐらいに怖いじゃないか。  気になりながらもそんな不確かな黒子の為に病院には行かなかった。  ところが皮肉なことに、黒子を見つけたその二ケ月後の今日。  私は病院に居る。  黒子など関係ない。  電車の緊急停止によるその結果だ。  混雑した電車内は、阿鼻叫喚だった。  私は車内で押しつぶされて気を失い、次に左足の痛みで意識を取り戻した時には搬送先の病院のベッドの中であった。  そして、診察を受け、私は看護婦の話では左足首のねん挫と脳震盪でしかないらしいが、脳震盪の経過観察のために一日入院する事となっている。  母が出張で私を見守る人がいないとの理由だと思う。  母は少々病院にコネを使える立場の少し偉い人だ。 「お母さんも、働きすぎだよ」  ぼやいて見たが、母一人子一人ならば仕方が無いだろう。  母は仕事は出来ても男を見る目は無かったのだ。  私や母に内緒で息子を勝手に作った父は、あっさりと私達を捨てて行った。  本当に捨てて行ったのだ。  彼は母への慰謝料どころか娘の私への養育費を払わず、さらには、私との面会など一切望まないという薄情さなのだ。  私が怪我をしたからといって、母が職を失う危険性を冒してまで仕事を休む事など論外であろう。  私は高校生という、今後は受験やなんやからで金が一番かかるお年頃なのである。  私は大きく溜息を吐いて、自分の膝小僧を見下ろした。  私の注意を引いてやまない小さな黒子。  いつもの黒いぽっちを目にするだけだと思ったのに、私は数時間ぶりに目にした自分の右膝の光景に溜息を吐くどころか息を吸っていた。 「これ、増えてい、ない?」  膝にあるそれは、直径は見つけた時と同じ小さいままだが、見つけた時よりも少し突き出ているようなのだ。  おまけに、膝小僧の下にもぽつんと二つも同じものが出来ていた。 「うそ、なんで?この二つは無かった」  私はベッドの枕元に転がるナースコールを見やった。  看護師を呼んで聞いてみる?  誰にも黙っていたこの黒子の事を聞いてみる?  そう、専門家に聞けば良いだけなのだ。  でも、私は自分の中に急に沸き上がったイメージ、全身が黒イボだらけになるイメージに脅えて布団を被って無理矢理に明日になることを選択した。
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