二 部屋が違う

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二 部屋が違う

 翌日、目覚めてみたら私は五人部屋へに移動させられていた。  点滴も持ち物だってない患者である自分だとしても、ベッドを移動するだけだろうとしても、全くの意思の確認もなく移動させられていたことに驚いた。  廊下側のスペースに配置されたらしき私の右横にはベッドが二台並び、私の目の前にはトイレのある洗面室だ。  洗面室の横という私にとって向かって右側にもベッドが二台が並んでいる。  トイレが室内に、それも目の前だということは、片足で移動するしかない私には純粋に嬉しい情報であった。  たとえあと数時間もここにいないにしても、だ。  しかし驚いた事もある。  病室には必須であるはずの個人ロッカーと冷蔵庫を兼ねた棚が無いのである。  ここにはベッドしか並んでいないのだ。  私は部屋を照らすのが太陽光どころかベッドについている小型のライトという常夜灯だけであり、病室には必ずある窓だってない事にようやく気が付いた。  真っ暗な箱の中に閉じ込められた?  私の心臓は自分の気が付いた事に脅えてどきんと鳴った。 「ねぇ、あんたもあの電車に乗っていたの?」  右側のベッドから呼びかけられた。  私はハフっと息を飲んだが、右から自分を呼び掛けて来た声に不安になっていた気持ちが落ち着く事も出来ていた。 「ええと、あの電車?」 「そう。あの電車。ねぇ、よく覚えていないのだけど、何があったの?」  もう一度私に呼びかけながら、右側の患者が自分の布団を捲りながら起き上がった。  彼女は起き上がりながら自分のベッドのライトもつけたのだろう。  ぱっと明るくなり、私に彼女の外見を見せつけた。  彼女は黒子が多いけれど白い肌に大きな瞳という、私には望んでもあり得ない美少女顔をしているという羨ましい生命体だった。 「え、えと」 「あたし、宝生唯。あたしもそうだけど、ここの病室の全員、昨日の電車組だからね」 「電車組?」 「覚えていないの?大パニックだったじゃない。押し合いへし合いでさ」 「いや、私だって押されて潰されて……」  私はしどろもどろだが自分もよく覚えていないと彼女に伝えると、彼女はそっかと簡単に納得した声を出した。  そしてそのまま彼女は私から顔を背け、ぼすっと音がするような勢いでベッドに横になってしまったのだ。 「あ、ねぇ、宝生さん」 「あたし眠いから」  彼女は本気で私がうるさいという風にベッドのライトまで消した。  後に残されたのは暗い影の大きな膨らみ。  ぼつんとできた黒子のような。  黒子と考えて急に私は脅え、反射的に宝生にもう一度声をかけていた。 「あの、私の名前は」 「別にいいよ。眠いの」  宝生は大きな目と鼻筋の通った面長の顔という、地味な私と比べなくとも美少女の部類に入る。同世代でも普通顔の普通そのものの私とは、彼女は価値が違うと思っているのかもしれない。その上、彼女の必要な情報も持ってない事で、彼女にとって私への価値など無いと判断したようだ。  こんな風に私がうじうじと卑屈に考えたのは、彼女のそっけなさに少々傷ついたからでもあろう。  スマートフォンも手元になく、普通だったらあるはずのテレビも無いという、ベットが五台並んでいるだけの病室なのだ。  同世代と情報交換くらいしたいではないか。  まぁ、その情報を持たない私が悪いのだけれど、他に話題だって、……ないか。  この美少女どころか自分の友人達にお披露目できるような恋バナだって、この私にあるわけはないのだ。  片想い、ならば言えるけれど。  いつも同じ時間の同じ場所に座っているスーツ姿の青年で、スマートフォンでなくこの時代に熱心に本を読んでいる人だ。横顔しか知らないが、額から鼻へのラインが素晴らしく知的に見え、色白で毛深くなく、働いている男性だからか同級生の男子にはない清潔感までもうかがえる素敵な人なのである。  うん。  毛深くない、という点はとても大事だ。  そして、その点においては同じクラスの男子達を称賛してもいる。  彼らは同級生の女子に「きもい」と思われたくないからと、手足のムダ毛処理をしているらしいのだ。友人で同じクラスの花音(かのん)によると。  訂正だ。  我がクラスの男子には清潔感がある。  知的さはないかもしれないが。  私も知的さはないだろう。  あの文学青年の目に留まろうと、彼を見つけたその日から頭が良さそうに見えるだろう本を買っては読んでいる振りをしながら彼の横顔を見つめていたのである。
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