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三 同室のひとたち
彼は同じ時間の同じ車両の同じ場所に必ず座る。
私はその時間のその車両に乗るためだけに、学校はいつも四十分前登校をしているのである。
最初に彼を見つけた日は、朝の小テストの準備を忘れていたからといつもより早めに家を出ただけなのだ。
だが、私は彼に出会えた。
私はその日から彼に会うためだけにその早い電車に乗り込むようになり、その結果として遅刻も無くなり、朝の小テストの点数も上がっている。
あぁ、私も宝生の様なご面相で生まれていれば。
私はやるせない思いで病室をぐるっと見回した。
この病室の宝生以外の三人は、私のベッドの常夜灯の明りで照らされて見えるところから推定するに、妊婦とあとは母と同世代の女性に、老齢の女性だった。
女ばかりでしんっと静まり返っているのは不思議としか言いようがないが、彼女達はずっとベットに横になっているだけだ。
彼女達が私や宝生と同じ駅で怪我した人々だと知り得たのは、そういえば宝生からの情報であったと、何の情報も返せなくて済まないと宝生を見返した。
宝生が被っている掛け布団は少々捲れ、私から顔を背けて横になっている彼女の首筋を私に見せつける。
そこで気が付いたが、彼女の首筋には黒子が五つも並んでいる。
私の膝小僧にあるのと同じ水いぼの様な黒子が、首筋に浮かぶ骨の位置を教えるかのように、彼女のうなじに縦に五つ並んでいるのだ。
私は無意識に自分の首筋に手をやって、宝生の黒子がある場所と同じ位置を指先でなぞった。
「ひぃ!」
声が出たのは仕方が無いだろう。
私の指先は感じたのである。
あるはずのない、でこぼことした吹き出物の様な感触を。
私は慌ててベッドから飛び出すと、左足を引きずるようにして向かいにある洗面室へと飛び込んだ。
「あぁ、電気」
手探りでスイッチを探したが見つからず、用を足しに来たのではないからと洗面室の引き戸を引いた。
病室の明りを洗面室に入れようと思ったのだ。
「うそ、私のベッドの明りも消されちゃった?」
病室は真っ暗だった。
ふらりと洗面室から一歩出たその時、ぷちぷちという音が左側から聞こえた。
人が呟いているような、老齢の人間が入歯のない口をもごもごさせるときに出る音の様な、心地よい音とは言えないぷちぷち音である。
父方の祖母は父の所業を私達に謝りながら息を引きとった。
祖母はもう声が出せないのに、ごめんねごめんねと、私に何度も繰り返していたと私は思い出し、私はぷちぷち音をさせるベッドへと近づいた。
そのベッドに横たわっている人が体の具合が悪く、誰かに助けを必死に訴えているのかもしれないと、祖母を思い出した私は思ったからだ。
「大丈夫ですか?どうかしましたか?」
真っ暗といってもベッドの輪郭はわかるぐらいには目は慣れた。
私はぷちぷち音をさせている人に声を掛けながら、ベッドのヘッドサイドにある常夜灯、恐らくこれはどのベットも同じだろう場所にあるスイッチを手探りをした。
「きゃあ」
ベッドライトが点いて叫んだのは私だ。
ベッドの中の女性の顔は、人の顔をしていなかった。
黒子、いいえ、真っ黒な水っぽい大きなキノコだ。
それらが顔からぴっしりと生えている。
それで終わりじゃない。
まだまだ生えてくる。
次から次へと先に生えている黒いキノコを押しのける様にして、ぷちぷちと音をたてながら、次から次へと生えているのだ。
私は人助けなど忘れて、叫び声を上げながら病室を飛び出していた。
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