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明るい月夜の中を歩いていると、ふわりと金木犀の香りが漂ってきた。
――あぁ、金木犀の花が咲く季節なのね。
懐かしさを覚え立ち止まる。
木はどこだろう?
「久しぶり」
立ち止まった私に、誰かが後ろから声を掛けてきた。
声のするほうを振り返る。
そこには真っ白な肌が印象的な、おかっぱ頭の女の子が立っていた。全体的に色素が薄いのだろう。髪も薄い茶色だ。
月の光に照らされ、女の子の白い肌が儚げに浮かび上がって見える。
私は優しく微笑む女の子の顔を見て、少し首を傾げた。
――誰だろう?
子供の友だちだろうか?
そこへ再び、金木犀の強い香りが漂ってきた。
その香りが、私の中の古い記憶を呼び起こす。
「もしかして、美鈴ちゃん?」
女の子が微笑んだままゆっくりと頷く。
美鈴ちゃんは、小学生の頃に仲良くしていた女の子だ。
金木犀の香りが好きで、二人で金木犀の花を集め回ったことがある。
――でも、美鈴ちゃんは……
私は驚きから目を見開き、女の子の顔を見つめた。
――美鈴ちゃんは……小学5年生の時に、喘息の発作で亡くなったはずだ。
女の子が音もなく近づいてきて、私の手をとった。
冷たい手の感触にハッとし、取られた自分の手を見る。
そこには黄疸で変色し骸骨のようにガリガリの見慣れた手ではなく、健康的な子供の小さい手があった。
「あそこに、たくさん金木犀が咲いてるの」
高く澄んだ声を響かせながら、女の子は後ろを振り返った。
そこには月明かりに照らされて、鈍く光る大きな門がそびえ立っていた。門は閉ざされ、中は見えない。
――あぁ、お迎えにきたんだな。
病に侵された体がもう限界であったことくらいわかっていた。
じっと門を見つめていると、音もなく門が僅かに開いた。同時にむせ返るような甘い金木犀の香りが漂ってくる。
そんな金木犀の甘い香りに、何故か高揚感を覚え、気持ちが浮き足立っていく。
「一緒に金木犀を集めに行かない?」
女の子が私の顔を覗き込み、囁くように誘った。女の子の目の奥で炎が揺らめいた気がした。
門のほうへ、もう一度視線を送る。門の隙間から、金木犀が仄かに光っているのか見える。まるで溜め込んだ月の光を放っているかのようだ。
なぜかあの金木犀に触れたくて仕方がない気持ちが沸いてくる。
「うん、行こう。たくさん集めよう」
私は金木犀を見つめたまま返事をした。
門の先が天国か地獄かわからなくても、
女の子が鬼だったとしても、
もういいと思った。
私は女の子と手を繋ぎ、ゆっくりと門へ向かって歩き出した。
門に近づくにつれ、金木犀の香りがより強くなっていく。
あの金木犀に包まれながら、あの世に逝けるのなら幸せだ。そんな高揚感に包まれていた。
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