09 サブマスの憂鬱

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09 サブマスの憂鬱

Side:イーリス 「ヒマだー」 私は今日もこのオネイロスという小さな街の冒険者ギルドで一日を過ごす。副ギルド長としてこのカウンターで人間観察をしながら暇な毎日を送っているのだ。 この小さな町は朝方にはそれなりに冒険者がやってくる。 冒険者たちは新しく張り出した依頼を見て受領手続きを終えるとすぐに出ていってしまう。 もちろん依頼ごときで私のところにくる冒険者などいない。 それらはヘックが捌いてくれる。 月に何度か新しく冒険者を始める輩が手続きにやってくる。 それらはヘックが捌いてくれる。 もちろん夕方ぐらいには依頼を終えた冒険者がやってくる。 それらはヘックが捌いてくれる。 「もうやめよっかな?」 もう何度目かになるつぶやき。 私は鬼人族の族長の娘としてそれなりにやってきた。 一族の掟を守り傭兵として活動して順調に成り上がった。王都では聖騎士にも選ばれた。族長である親父もそれを喜んでくれた。王に仕えるというのは鬼人族の誉れだとか……だが私があんな戦いもない毎日なんてまっぴらごめんだ。 そして私は城を飛び出し王都の冒険者として暴れまくった。 結果、数々の依頼をこなしAランクとなった。その時には、もう私がワクワクするような依頼はなくなってしまった。その途端につまらなくなってフラフラとこの街にやってきた。 ここでも私の心を満たす依頼などあるはすもなく、気づけば副ギルドマスターになっっていた。ギルド内で見る目の無いアホな冒険者どもに絡まれたのをぶちのめしたのが始まりで気付けばここにいた。 ギルドマスターのディッシュの野郎が「ここで人間観察をしていたら面白いものが見れる」そういったからかもしれない。私は面白いことに飢えていた。 最初はカウンターにいる私にちょっかいを掛けてくる冒険者たちもいた。全てぶちのめしてやった。次の日からそいつらはどこかへ消えるか目に見えてヘコヘコしてくるかのどちらかだったが、それなりに面白い光景を見れた。 それも2年も続けば私が王都で『赤鬼(せっき)』と呼ばれた冒険者だったこともバレ、極まれに他の街からやってきたアホが絡んでくる程度になってしまった。つまらない…… そんな私が…… 天使と出会った…… 朝の賑わいが過ぎ、閑散としたギルドに天使はやってきた。 黒いドレスに白いエプロンのメイド服。少しのびた金髪にくりくりした黒い瞳いをしていた。まさに天使だ…… 「あら?かわいいお客さん」 目の前にやってきたその天使は腰にはダガー、背中には……モップ?まあメイドさんだし?おかしくない、のか? 私はその天使に喉を一度ゴクリと鳴らしてから声を掛けた。久しぶりに声が震える感覚を覚えたが多分大丈夫だったはずだ。 「お嬢ちゃんみたいな可愛い子がこんなところに何の用かな?」 「マイ、ぼうけんしゃになりにきました!」 なん、だと? 「そうなんだ」 「とうろくはここですか?」 その天使はあろうことが冒険者登録をしたいと言うのだ。そうか!私の頭がフル回転してこれはおままごと(・・・・・)なのだと冷静に判断することができた。ナイス私!そのことに思わず「ふふふ」と声が漏れた。 「私がここの受付であってるわよ、可愛いお嬢ちゃん」 「じゃあとうろくおねがいします!」 「じゃあ今度、お父さんかお母さんと一緒にくるといいわ」 「マイ、おとうさんもおかあさんもいないもん……」 私はやってしまった……目の前の天使が泣きそうになっている。天使は後ろのモップを見て少し微笑んだ気がした。私は何をやっているのだ。この天使を……守らなくては。 「ご、ごめんね。マイちゃん、でいいんだよね?私はイーリス。よろしくね」 「うん。よろしくイーリスさん」 なんとか天使のマイちゃん、いや、もうこれは天使ちゃんだ!その天使ちゃんのご機嫌を回復しようとまずは自己紹介で名前を告げる。 「マイちゃんはどこから来たの?」 「うーんと、あっちかな?」 「あっち?」 方向を確認しながら指を差す天使ちゃん。あっちは?どっちだ? 「クピードだんしゃくのところでメイドのしごとしてたの」 「ああ、あのハゲの」 私はようやく天使ちゃんのあっちが分かった。いつか聞いた話で隣町に剥げたクピードとかいう男爵がいたっけと。そして天使ちゃんがちっちゃな両手で口元を押さえて「ぷぷぷ」と笑う。 おお!やはり天使ちゃんもハゲで笑ってくれるのか!私はホッと胸を撫でおろす。なんならハゲハゲ連発してみるか? 「れいぞくされそうになったのでにげてきたの」 「なんですって!」 突然の告白に私は思わず叫んでしまった。一応天使ちゃんの前なので丁寧な言葉で叫べた自分をほめてあげたい。いやダメだな。『あのハゲ……〇るか……』っと思った私が自分でも分かるぐらい殺気が漏れていた。 そしてそのせいで目の前の天使ちゃんが怯えているのに気付く。 「ご、ごめんねマイちゃん。びっくりしちゃったよね。でも大丈夫だったの?」 「うん、もやしたから!」 「も、もや……まあ、大丈夫だったならいいけど。でも後で私もあのハゲ2~3回しばいとくね!」 「う、うん」 燃やしたのか。まあいい。とりあえず何が何だか分からないが、ハゲをしばくのは決定事項だ。午後にでも休暇をとって地獄に叩き落としてやる。そしてこの怯えた天使ちゃんを癒さなくては…… 「じゃあ、とりあえず私がママになってあげるから、今日から私と一緒の部屋に住も?」 「えっ?」 『えっ?』 思わずママという言葉が出てしまった。私の生まれて初めての母性が溢れ出てしまったのだから仕方ないよね。「ん?」でも今、天使ちゃん以外に驚いた奴いるよね?後でその不届きな犯人探しもしなくてはいけないようだ。 私がママで何が悪い! 「とりあえず、私がマイちゃんのママになってあげるから安心してね。今日からお姉さんと一緒に暮らそ?」 「ご、ごめんなさい。ママはもういるので」 私はママ宣言を再度繰り出し、頭の中に天使ちゃんとの素敵な毎日を妄想した。そしてその妄想のマイホームに足を踏み入れる前に打ち砕かれた。ママはいるの? そしてそんなマイちゃんが首を回し背中のモップを見て少しだけ笑顔を見せている。 「ママは、いるの?」 「うん!ママ!」 なんとか絞りだした私の言葉に嬉しそうに天使ちゃんが後ろに手を回し背中に装備されたモップを握る。ゆっくり鞘から出てきたモップが、あろうことか天使ちゃんの回りにキラキラと煌めきを演出する。 その幻想的な光景に目を奪われつつもこれは魔法なのか確認をした。 「魔法?」 「ママ!」 「そのモップが?」 「ママ!」 思わず目頭を押さえる。そのモップはきっと天使ちゃんのお母様との大切な何かなのか……在りし日の親子の思いでの品……私は溢れ出そうになる涙を必死にこらえた。 「と、とりあえずだ。冒険者は危ないからしばらく一緒に暮らそ?幸いお金はあるから、一人ぐらい面倒見ても困らないから心配しないで?」 「うーんと、マイはメイドさんのしごとがしたいです。あとみつかるまでぼうけんしゃしたいです!」 お母様との思い出のモップを上にあげ、メイドの仕事がしたい宣言する天使ちゃん。きっとお母様もメイドだったのだろうか…… 「メイドの仕事か……すぐには見つからないかも。でもその間なら面倒見るから冒険者の仕事はしなくていいのよ?危ないからね」 メイドはともかく冒険者はダメだ。危ない。危険だ。絶対に阻止! そして仕事が見つかるまでと保護することを告げるが、その天使ちゃんは自信満々に「マイ、つよいよ?」と返事を返され思わず「ふふふ」と笑う。本当に尊すぎて困る。しかし次の瞬間…… 「なんならかかってきていいよ、おばさん……」 お、お、おおおおお、おばさん?突然投げかけられた辛辣な言葉に驚きすぎて顎が外れるかと思った。 「ぼ、冒険者に憧れるってのも分かるよ?でも本当に危険なんだよ?」 私は耐えた。そしてまた天使ちゃんに冒険者の危険さを説く。きっとおばさんというのは私の空耳だ。と思っていたのに…… 「だいじょうぶだよ。おはさん」 再度その言葉を聞き、私は泣いた。顔を手で覆って「おおお」声を出して泣いた。 生まれて初めてなぐらい泣いた私は……もう立ち直れない、もう家に引きこもろう。そう思った。 「サブマス!こんなガキに何やってんだよ!なんなら変わりに俺がこの生意気な嬢ちゃんしばいてやろうか?」 そんな私に野太い声が聞こえた。 「あ”黙ってろよこのクソ野郎!」 あの見せかけマッチョ野郎は何度か私にアプローチしてきた男だ。名前も覚えていない。大方、私に良いところを見せたいと粋がってきたのだろう。黙ってろ!お前には天使ちゃんを見ることもゆるさん! 私は思わず出た()の言葉。天使ちゃんに聞かせるには場違いな汚らしい言葉を発してしまった私は、その恨みも込めその男を睨みつけた。お前のせいで野蛮な女と思われたらどうする! 「マイちゃん。じゃあちょっとお姉さん(・・・・)がテストしてあげるからね。裏の運動場にいきましょうね」 「う、うん」 私は気を取り直して天使ちゃんに話しかける。とりあえずこの場はテストと称して戯れよう。少し遊んで時間が経てばなんとかなるだろう。そう思って天使ちゃんを連れ出した。 考えてみればこれはおままごと(・・・・・)なのだから…… 「じゃあこっちよ」 「はーい」 「おい、ヘック!こっちは頼む!」 「は、はい!」 いつものようにヘックに全てを押し付け天使ちゃんと一緒に歩き出す。 「よし、じゃあ始めようね。私はこれを使うからマイちゃんも好きなの選んだら、何時でも私に打ち込んできていいからね」 ギルドの裏口から外に出て訓練場にたどり着く。出入口に設置してある木箱から木剣を手に取る中央まで歩いていく。決して恰好を付けて振り向かないわけではない。絶対そんなことを思ってなんかない! そして振り向くと、モップを手にしたままの天使ちゃんがそこにいた。 「そのモップを使うの?」 「うん!」 「そう。じゃあやっぱりマイちゃんが今さっき聞いた噂の『モップ使いのお嬢ちゃん』ってことかな?」 「そうかも」 直前にヘックから入ってきたモップ少女の情報。どうやらそれが天使ちゃんらしいと確信して尋ねると、その天使ちゃんは肯定の言葉と共に可愛く走り出してきた。思わず抱きしめてしまいそうになったが…… 「えい!」 「おっ!」 天使ちゃんの掛け声と共にかなり強烈な一撃が私の頭に向けて繰り出された。それを軽く木剣で受け止めるのだが、すぐにモップが一回転して木剣を下から弾いてきたのだ。私は驚きながらも次に狙ってくるであろう場所へと木剣を滑らせた。 予想通り円を描くようにして弾かれた木剣から遠い方の腰を狙ってくるのでそれを華麗に受け止めた。すごいね。流れるような動き。普通の冒険者ならこれで終了じゃないのかな?思わずその驚きで口が開いてしまう。 「ちょっとまって?マイちゃんって実は天使族か何かで見た目より結構年が……」 「きょう5さいになったの!」 その天使ちゃんから『今日5才』という返事が返ってきたので私は惚けてしまった。5才?というか今日お誕生日?じゃあお祝いだ! 「5さいったーい!」 私は惚けていた体を動かし天使ちゃんに「5才の誕生日おめでとう!」と祝おうとしたのだが、それは志半ばで脳天に星が走り何年かぶりの痛みを感じ、頭を押さえしゃがみこんだ。 「ご、ごめんなさい」 「い、いや……大丈夫……」 照れ隠しに頭をすりすりしながら痛みをこらえる。 「というか、今日で5才?誕生日なの?」 「うん。ママにもさっきおいわい(・・・・)してもらったの!」 そう言ってモップに抱き着き頬を摺り寄せる天使ちゃん。その姿に思わず目頭を押さえる。お母様との思い出のモップに思いを馳せお祝いをしてもらったと言う天使ちゃんに……私は何ができるのだろうか。 だが天使ちゃんがそこらの冒険者よりも強いということも分かった。ならばできるのは私なりのアドバイスと天使ちゃんの身の安全確保だ。 「マイちゃんが強いのはわかったわ。モップの扱いもすごくいい。モップの先も……こういった感じで使えば半テンポ早くなってもっと良くなると思うけど……」 私は天使ちゃんがクルリとモップを一回転させた様を思い出しジェスチャーを使いながらアドバイスする。あれがモップの毛の部分で私を突いていたらもしかしたら間に合わなかったかもしれない。 「ママのあたまでバーンってしたらママもいやだって……」 「そういう……ことか……」 天使ちゃんの言葉に、ついには手に持った木剣を落とし顔を両手で覆う……もう天使ちゃんの中で思い出のモップはお母様そのものなんだね!そしてそのお顔でバーンなんて、できるはずもないよね!なんて……健気な…… 「よし!冒険者に登録しよう。だけど私もついていくわ!まずは冒険者としてのイロハを教えてあげる!」 「うん!」 数秒後、少しだけ立ち直った私は、天使ちゃんの登録と一緒にくっついてくことを取り付けた。なんだかんだ言ってもママが恋しいということか。私は無いと思っていた母性をフル活用して天使ちゃんの癒しとなろう! 「それじゃあらためてよろしくね。私が新しいママよ!近くに大きな家を買いましょ?そして一緒に暮らすの。お金はあるのよ心配しないで!毎日美味しいご飯もちゃんと食べさせるから!」 「ご、ごめんなさい」 「くっ……」 思わず提案した私の願望は即断られ思わず両手を地面につく。そして悔しさで何度も地面を叩いてしまう。私ではダメだと言うのか……さすがの私もその傷を癒すのには数分かかるのであった。 その後、無事天使ちゃんの登録をしたのだが、冒険者カードに刻印されたステータスの低さに思わず驚く。ありえない。だがきっと冒険者カードには刻印されないスキルに秘密があるのだろう。 それとあのモップだ。 何気に私の木剣はヒビが入っていた。だがあのモップは傷一つない。きっと天使ちゃんのお母様が奮発した超高級なモップに違いない。そこに母親としての愛を感じる。なーに、負けるものか! 私もいつか天使ちゃんに頼ってもらえるような、そんなママになってやるんだ! 私はこれから真面目に頑張ろう。そして天使ちゃんを守って一緒に暮らそう!そう思って拳に力を籠めた。 えっ?なんか悪寒を感じる……あの女……なんか危険かも!
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