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司馬と別れた後、嫌な予感がした
背筋から冷たい物が流れ落ちるような嫌な感じ
大切なモノが手のひらから溢れ落ちてしまうような…
社内の朝陽が居そうな場所を必死に探した
何度電話をしても出ない
焦りだけが募っていき、その分、嫌な予感も強まっていく
朝陽が普段から積極的に階段を使うようにしているのを思い出し、慌てて昇降用階段に向かった
2階に差し掛かった瞬間、上の階で誰かが騒いでいる声が聞こえる
慌てて4階まで駆け上がっている途中、何か重たいモノが階段を転がり落ちる音が聞こえ、血の気が引いていくのを感じた
必死に駆け上がっているはずなのに、何故か時間だけがゆっくり流れているようだった
全てがスローモーションのようにゆっくりと感じ、目的の場所が遠く感じる
「やった!!邪魔者はこれで消えた!これで僕たちは幸せになれる!これで、琥太郎は僕だけのモノだ!」
聞き覚えのある不快な声と笑い声が昇降階段内に響いていた
騒ぎを聞き付けて警備員が駆け付け、野次馬も集まっているのか騒ぎになっていたが、そんなこと、俺には全てどうでも良かった
守が騒いでいる階段の下、その踊場で倒れている人影を見つけた
血を流し、倒れて動かない大切な人
ただ、目の前に倒れている彼しか目に入らなかった
誰かが制止するように声を掛けてくるが、止める手を振り切って彼に駆け寄った
「ひよっ!!」
心臓がドクドクといって他の音が聞こえないくらいうるさい
自分の声すら壁を隔てているように聞こえる
血に濡れた朝陽をそっと静かに抱き上げると、うっすら目を開いて俺を見てくる朝陽にやっと安堵の息を吐き出す
「……や…た」
消え入りそうな声で何か言っているが、声が掠れて小さく、聞き取ることが出来ない
朝陽の頭部から流れている血で服や手が濡れるが、動揺していてそんなことは気にもなかなかった
「ひよ、おい!目を開けろ!死ぬな!」
祈るように朝陽の頬を優しく撫でると、しあわせそうに微笑み
「コタ…だ、すき…」
さっきよりははっきりした声で言った後、落ちるように意識を失った
「櫻井さん、救急隊員の方が来たから離れて!」
司馬の声が遠くに聞こえる
救急隊員が朝陽の周りに集まり、脈や怪我の具合を確認している
何か話をし、担架に乗せられていく
茫然とそれを見ることしか俺にはできなかった
「櫻井さん、竹内に付き添って乗ってください。付き添いは1人しか出来ないらしいから、アンタが一緒にいる方がいいだろ」
司馬が的確な指示を周りに出しているのを、俺はただただ目を覚さない朝陽を見つめるしか出来なかった
朝陽が救急車に乗せられ、今回の事件の原因を作った守はずっと何かを叫びながら笑っていた
警備員から警察に受け渡され、そのまま連れて行かれても
「琥太郎の、恋人は僕!僕は邪魔者を排除しただけ!悪いのはアイツだ!」
とずっと涙を流しながら叫んでいた
救急車に連れ添いとして一緒に乗るも、俺はただ祈ることしかできなかった
祈るように朝陽の手を握り続けた
もう、朝陽が目覚めないんじゃないかという恐怖で手を離すことが出来なかった
朝陽は奇跡的に全身打撲と頭を打つけた時に軽く切ったくらいで済んだ
怪我の割に血が沢山は出ていたが、命に別状はないらしい
だが、朝陽は3日経っても目を覚さなかった
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