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 ――それからどのくらい経っただろうか。  腕の中の振動が少しずつ、少しずつ速度を落としていくのを感じる。  それと比例するように仔犬の目がゆっくりと開く。薄目には涙が浮かんで、光が宿る。 「……大丈夫?」  私は仔犬の瞳に問いかけた。当然、仔犬は何も答えない。  ただその代わりに仔犬のお尻のあたりが少しだけ動いた。尻尾を動かしたのかもしれない。返事ではなく私の声に反応しただけかもしれないが、ほっとした。  呼吸もだいぶ落ち着いてきたようだ。  箱が雪に覆われていたせいで酸欠だったのだろうか。でもそのおかげで凍死を免れたのかもしれないし、幸運なのかなんなのか。  さて、これからどうしよう。  とりあえず病院に連れていかなきゃ。飼い主じゃなくても連れていっていいんだっけ。お小遣い、足りるかな。一回お母さんに話したほうがいいかもしれない。でも、飼えないって言われたらどうしよう。  腕の中のマフラーに巻かれた仔犬を見た。それから雪で色の変わってしまった段ボール箱に目をやる。  この子はきっと捨てられたのだろう。  やむを得ない事情があったのか、単に手に余ったからなのか。  何にせよ、この子にとってはきっと辛い別れだったに違いない。  ぎゅっと、仔犬を抱き締めた。  大丈夫。大丈夫だから。  伝われ、と私は真っ白な仔犬を両腕で包みこんだ。仔犬の体温が伝わってくる。生きている。  この時点で私はこの子を家族にすると決めていた。まだ貯金はあったはずだ。病院代とエサ代くらいは出せるだろう。お母さんは頑張って説得しよう。  だってもう、別れたくないもんね。 「帰ろっか」  そう言って、私は歩き出す。足元の雪がきしきしと音を立てた。  この子の名前は何にしようかなあ、と考えながら腕の中の仔犬を見ると、先程よりも目が大きく開いている。真っ黒な瞳には私が映っていた。  小さな頭を撫でると、その目を気持ちよさそうに細める。笑っているようにも見えた。  雪が降っている。  ひとひらの結晶が、ひらひらと私の手に乗った。  仔犬はぺろりと赤い舌でそこを舐める。温かさが手の甲を撫でて、白い雪は溶けて消えた。  私はもう一度、仔犬の頭に手を乗せる。  舞い散る別れの中で出会った私たちは、その目元に薄く笑みを浮かべながら、帰路につく。 (了)
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