雨音は、そっと沈黙する。

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大成の積み上げは時間がかかる。 けれど崩れるのは一瞬だ。 作井宏隆(さくい ひろたか)は、そのわかりやすい例となった。 持って生まれた高身長とイケメンのおかげでもあるが、彼の場合は モデルではなく役者がやりたいという本気の情熱があった。 そして良質な事務所に所属できて、丁寧にレッスンを受けた。 その数年間を耐え抜いて、オーディションで映画の主演を獲得した。 世間では『突如として出現した平成の神聖』と銘打たれたが 実際には下積みあってこそなのだ。 テレビドラマでも舞台でも、彼はずっとモブの役だった。 そうして令和も駆け抜けた大俳優は、たった一度のスキャンダルで すべてを失った。 32歳のときに一般女性と結婚。 35歳のときに一般女性と不倫。 出演が決定していた作品を降板。 ネット上の炎上と誹謗中傷。 騒動の半年後に離婚の発表。 現在。 彼は業界のどこにもいない。 「俺はおまえと一緒に、ここにいれたらいいんだよ」 と、ご主人の宏隆がワシの頭を撫でできた。 ワシの名前は天音(あまおと) 柴犬の雄で、少し年寄りだ。
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