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また、はじまる
地中海方面から吹く風は涼しく、街にはローズマリーの仄かな香りが漂う昼寝日和の日曜日。二階の窓を開けて一人ベッドでうたた寝をしていると、外がなんだか騒がしくなってきた。花火や空砲のような音が轟き、知り合いの怒鳴り声や悲痛な叫び声が聞こえてくる。祭りか、オペラかサーカスが始まったような賑わいだ。でも俺は昼寝を満喫したい。なので外はほっといて、目を瞑り、お臍の辺りを思い描く。寝る前いつも無になるやり方で。無心、無心と。
スマホが突然鳴りだす。一度閉じた目を開け、着信画面に目をやる。友達のロバートからの電話だ。珍しい。普段何か用事があればメールなのに、今日は電話なんて。ロバートとは近所同士、本当に用があるなら家まで奴も来るだろう。それまでは昼寝だ。完全にスマホの電源を切って、また無心になる。
「ワシは魔王軍四天王の一人、ヨーロッパ大陸最高司令官オズマン。今日これよりここを統治する」
「武器商人のオズマン。なぜ貴様が魔王軍の——」
背丈が二メートルもある、髭を顎まで生やした厳つい大男が剣を抜いた。今まで武器商人として名を馳せてきた男が、突如魔王軍の四天王と名乗り本性を露わにする。
キャー、ギャーと街中で悲鳴が上がる。
黒鎧の軍団が街を囲み、抵抗する者には死を、服従する者には、強制的な労働を虐げる。
街に火を放ち、石造りの家を壊し、食料を掻っ攫い、金品財宝を略奪したうえ、平和の象徴である女神像を粉砕していく。街を守護する役人たちを容赦なく切り捨て、辺りは血の海と化していった。この街にいたエセ勇者たちは一斉に逃げ、剣士たちは銃弾に倒れる。魔法使いも詠唱している隙にバッサバッサと切られ、天使は翼を捥がれて地に落ちた。妖精はその力を失い光となり、獣人たちは保身のため魔族に組みする。
もう魔族に抗える猛者たちは、この街にはいない。
「今日からここも魔王様の領土だー!」
オズマンが勝利の狼煙を上げる。
捕虜にできそうな住人たちを集めるため、壊れていない家々を一軒ずつ見回り、隠し部屋に人がいないか探し始める。
世界的な紛争の起点となっている魔王軍率いるテロリストの侵略がこの街でも始まった。
勝手に中央大陸でデビルズ王国を建国し、勝手に大使を派遣し、魔族が現代の世界と調和しようと交渉の場に就く。その一方で、武力行使で世界を脅し、人間社会を乗っ取ろうともしているからタチが悪い。彼らは人ならざる者のくせに、人の姿に化けて人真似をする。
結局のところ交渉も人真似も中途半端で、どの街もこのざまーだ。世界の平和のために交渉か武力行使か、お偉いさんたちは円卓を囲って話し合っているが、いっこうに解決しない。各国の忖度が絡み合い、堂々巡りになっている。
常に突然現れる魔族たちから被害を受けるのは、何も知らない市民たちだけ。彼らの平和だった日常が突如蹂躙されていく。
◆
「ここを開けろー!」
「ん、うちに何か用っす?」
俺は玄関の扉を勢いよく叩くオズマンに根負けして、扉の前に立った。
事情がよく呑み込めていない俺は、昼寝の邪魔をされたせいで少々機嫌が悪い。「外はうるせーなー」と髪を掻き掻き玄関の扉を開ける。
「訪問販売です? 強引な勧誘ならお断りで」
「はあ? お主はバカか。これからこの街を魔王軍の支配下にすると言っているんじゃ。素直に表へ出ろ」
オズマンが、ヤクザやマフィアの如く銃や剣をチラつかせて、うちにもやってきた。
外には女、子供が囚われ一箇所に集められている。抵抗する男共は殺され、道には幾人もの亡骸が。トラックに乗せられるロバートには足枷が嵌められ、身包みを剥されている。
「フール、逃げろー」
ロバートが俺に気づき、俺の名前を叫んだ。でも俺の目には、この戦地中のような光景が作り物のように見えて仕方がない。
「オズマンのオヤジ、これって何かの撮影? ちょっと難しこと分かんないんで、親が帰って来てから、またいらしてください」
ハイスクールの俺には理解できない光景に、親なら何とかしてくれるんじゃないかと、足りない頭を使って返答する。
昨日まで武器商人だったオヤジが何をやってんの? それくらいの感覚が、まだ心の内にある。
「ホーゲット一家は代々頭わりーとは思ってたが、相当なもんだな。とっとと捕まえて教団で教育が必要か……」
「宗教とか塾の勧誘なら俺は勘弁。うち貧乏なんで金無いっす」
「おちょくってんのか、クソガキ。この状況でよくそんな口きけんなー」
「俺も眠いんで、早く用件済ませてください」
オズマンの顔が怒り狂ったように赤くなり湯気が立つ。歯を食いしばり、髪まで逆立ち、ぐっと睨みを利かせて何も喋らない。
「用がないなら、これで」
インターホンで対応すればよかった、と正直思った。親が居ない時に、安易に扉を開けちゃダメだと言われていたのに、やってしまった。すげー面倒な奴に絡まれてしまった。
もう扉でも閉めて早く寝よーっと。
バタン。
扉を閉めた俺が自室に戻ろうとしたところ、後ろでに、バンッ、と爆発音がした。扉が一瞬にして破壊され、辺り一面に扉の木片が飛び散る。うわっと腕で飛んでくる木片を防ぎ、煙が立ち昇る玄関前を見やる。
なんなんだよ、ったく。
目を細め、煙が消えるのを待っていると、目の前には仁王立ちしたオズマンの姿が見えた。
「ちょっと勝手に壊さないでくださいよ」
「はあ? フール・ホーゲット、誰に口きいとるんじゃ。舐めた口叩いてっと殺すぞ、われー」
オズマンが配下に指示し、俺は二人の黒鎧男に両脇から抑えつけられた。そしてオズマンは剣を振り上げると、そのまま俺の左肩にドスンと振り下ろし肉を裂き、骨を砕いた。そして心臓に届くくらい深く、鋭く切っていく。
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