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私には、長年連れ添ってきた、犬がいる。捨てられていたのを拾ったときから、もうかれこれ、12年となる。名前は、「灯暗」である。私が名付けた。「灯台下暗し」からつけた名前だ。
身近なところを見てみろ、と。そう、自分に戒めるためでもある。身近なところに、案外隠れた幸福がある。その幸福こそが、私にとって、灯暗であった。
私ももういい歳だ。もうすぐ65となる。もう勤続年数45年そこらとなるこの会社とも、そろそろお別れとなる。毎日毎日朝早くより出社し、昼休憩で一旦帰り、灯暗に餌をあげて、会社に戻り、夜7時には帰ってくる。独身だから、灯暗のために忙しない生活を送っていたが、幸せだった。
が、そろそろ私も隠居生活を始めよう。そのために、岐阜県の土地を買っている。住居用も、畑用も、両方だ。家は、今日完成で、早速来てくださいと言われた。木造の平屋だ。
というわけで、黒塗りのマイカーで、早速、来た。今日中にでも、今まで住んでたアパートからも退去し、ここに移り住む所存だ。
この家は、見栄えはもちろん素晴らしい。だがしかし、中はどうだろう。見て良いか、と家を建てたやつに聞くと、「勿論です」と言ってくれた。というわけで、中も見る。うん、素晴らしい。おっ、こんなところまで…。裏には畑にできる土地もある。うん。完璧だ。よし、じゃあ今日から住もう!
「あの…」
なんだね?引っ越し準備で忙しいのが見て分からんのか!?
「引っ越しは早くても1週間後からじゃないと無理ですよ」
なっ……!期待だけはさせおって…謀ったな!くっっっっっ……………恥ずかしい。
ようやく、手続きなどもいろいろ済ませて、遂に、岐阜へと来た。引っ越すこととなる。勿論、灯暗も一緒だ。引越しの荷物は衣類と冷蔵庫だけでいい。他のはボロくなっていたし、新調しようと思う。
これから、私と灯暗の、スローライフが始まる。その第一歩として、まずは灯暗と散歩しながら、ついでにご近所さんによろしく言いにいこう。
「おーい、灯暗や」
「ワン!」
「散歩に行くぞ!」
「……ワン」
慣れない土地で、緊張しているのか。愛いやつめ。
ピンポーン。
「は〜い。どなたですか〜」
「隣に引っ越してきた香川っていう者です」
「あっ、ちょっと待ってくださいね〜」
ガチャリ。バタン。
「こんにちは。私の名前は香川拓郎で、こっちはサモエドの灯暗です。あっ、これ歯磨き粉です」
「ワン!」
にしても、美しい人だ。まだ20代だろうか。若者特有の眩しさというものがある。
「私は井川美樹です。このワンちゃん、可愛いですね。うちの村では犬を飼っている人はいないので、新鮮ですね〜」
「ワン!」
「触ってみても良いですか」
「もちろん良いですよ」
「ワンワン!ヴー、ワンワン!」
「きゃっ!」
「灯暗!?」
「ワンワン!ワンワン!」
「こら!」
「クゥゥン…」
なんでだ。こんなことは初めてだ。こいつは、灯暗は、人懐っこいはずなのに…。
「すみません。こんなことは初めてで」
「危なかったじゃないですか〜」
「本当にすみません」
「はぁ〜」
「すみません」
「もう良いですよ〜。では、私はしなければいけないことがありますので」
「時間を取ってくださり、ありがとうございました」
バタン。
「灯暗、なんであんなことを…」
噛みつこうともしていた。本当に、どうしてなんだろう……………………。
「ヴー…」
本当に、なんでなんだろう。
色々あったが、村の人たち全員に、挨拶はしてきた。灯暗が唸ったのは、あの一件だけだった。灯暗はあの人が嫌いなのか…。まぁ、どうでもいいか。明日から畑を耕す準備をしておこう。
畑を耕し、とりあえず、エダマメとニンジン、ナスにキュウリを育てる!それが目標!
ふぅ……もう日暮れか。春特有の気持ち良さにが良いねぇ…。
「灯あ〜ん」
「ワン!」
「戻るか」
「クゥゥン」
ガチャリ。
「ただいま〜」
「ワン、ワン!」
「ご飯にしよっか」
「ワン!!」
今日はおじやにしよ。
「フンフフーン、フフフフーン」
「ワン!」
そろそろ上がろうか…。良い風呂だった。今日はもう寝て、明日は種を蒔こうか。
…ざあざあぶりの雨だ。せっかく耕したのに。それなら今日は犬が通れるサイズの穴を扉につけよう。灯暗は外が好きだから。
「さあ灯暗、できたぞ!」
「ワン!」
午前9時ごろから始めて、ただいま13時。ようやく完成。
灯暗には飯をやったが、私はまだ。早速、食おう。
ワンワン!ワンワン!ワンワン!ワンワン!
「んぁ、ぁあ…ん。なんだ、灯暗か」
ワンワン!ワンワン!
そんなに吠えるな…もう夜だぞ。これじゃあ眠れに眠れない。
スリッパを履いて灯暗について行く。すると…
「灯暗」
「ワン!」
「と…う、あ……!」
ほのかに光る街灯の光で今気がついた。灯暗の口元は真っ赤に染まっていた。それも灯暗の白い毛並みに映えて美しいが、それより…
「灯暗!何をしたんだ!」
「ワン!」
灯暗が隣の井川さんのところに行く。まさか…
「大丈夫ですか、井川さん!」
「あっっっ!」
「なっ……!」
村の人が、死んでいた。これは…犬の噛み跡だ。
「で、何があったのだ」
「………灯暗が、人を噛み殺しました」
「そんなことはどうでもいい」
「えっ!」
どういうつもりだ。
「それより、そのとき井川は何をしていた」
「村長、なぜ…」
「どうでもいいと言ったろ」
「……井川さんは、そのとき現場にいただけです」
「そうか。ありがとう」
「えっ、あっ、ちょっ、まっ」
バタン。
何が起こっているんだ…何が、何が…。
ピンポーン。
…なんだろう。
「はーい」
「あっ、井川です。お話よろしいですか〜」
「あっ、分かりました」
ガチャリ。
「村長さんとお話ししていたみたいですが、何を話していたんですか」
「いえ、特に何も」
何か、こいつは怖い。とんでもなく、おそろしい。
「へぇ〜、そうなんですね〜。じゃあ知っていますか、村長さんって元暴力団の人間だってこと」
「えっ、そんな…」
…確かにあり得なくはない。
「ふふふ、この村の秘密を、話しますね。
元々ね、この村ってね、飼ってたんですよ〜」
「何を…」
「まずは最後まで聞いてくださいよ〜。この村は、犬を連れている人しか入れないんですよ。で、犬を連れて入ったら、犬が人を1人殺すんですよ。逃げようと思った人もいましたが、飼い犬を連れていない人間は外に出れませんし、人の犬を奪おうとしても犬が死んでしまう。そういう場所なんですよ、ここは。生活必需品なんかはいつのまにかあの不気味な店に補填されているんです」
あれか…
「ちなみに、飼い犬を連れている人間が外に出るときは、その飼い犬が死にます。ちなみに、寿命は永遠みたいです。犬に噛まれて殺されれば死にますが、それ以外では死ねません」
えっ…
「だから、飼い犬を連れた人間を外には出しませんし…あっ、そういえば、家を建てた業者とか引っ越し業者の名前って覚えていますか」
「確か………えっ、えっ、あ、あ、あぁぁああ思い出せない!何が、何が、なぜ!!」
「やっぱりですねぇ〜。それにしても、今回死んだ人は、まだ200年も経っていないのに死ねて、相当運が良かった。私もそろそろ死にたいんですけどねぇ〜。あっ、聞こえてないかなぁ〜」
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