〈上〉入場直前に大いにもめる新郎新婦

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「改めて、トレシアと申します。読唇術は習得済みですので、口パクで話してくだされば解読できます。どうかいつでも遠慮なく近づいてくださいね」  にこりと笑いかければ、ミカエラがまじまじとこちらを見つめてきた。そして躊躇いがちに口を動かす。それを見てトレシアは頷いた。 「ええ、問題ありません。なのでどうか、そのままのあなたでいてください」  平然と返してきたトレシアにミカエラの顔色がさっと変わった。慌てたように口が動く。 「…………」 「いつからって……え? 気づかない人がいるんですか?」 「…………」 「ああ、なるほど。これは墓穴を掘りましたかね」  ミカエラが一切声を出していないにも関わらずなぜか成立する会話。しかし楽しげなトレシアに対して、ミカエラは狼狽えたような顔をしていた。それを見た夫の眉間に不愉快そうな皺が寄る。 「おい、ミカエラになにを吹き込んだんだ。困っているだろうが」 「失礼ね、なにも吹き込んでいないわよ。それに私の発言は全部あなたに丸聞こえなはずで……あ」  急にトレシアが真顔になる。そして今度は夫をじろじろと眺め回した。 「なんだ。言いたいことがあるなら言えばいいだろ」 「じゃあ遠慮なく。ねえ、あなたの本名ってなんだっけ? いつも使っていた偽名(なまえ)しか出てこないのよ」  あまりにも今更な質問に夫は絶句し、ミカエラが唖然とする。しかし正気に戻るのはミカエラのほうが早く、慌ててトレシアに正解の名前を伝えてきた。 「ん? ユ……いや、ジュ? リ……ス……、あ、思い出した! ジュリアスね!」  こくこく頷くミカエラにトレシアは満面の笑みを浮かべた。読唇術で名前を読み取るのは結構難しいのだが、記憶も頼りになんとか正解へと辿り着くことができたらしい。
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