お隣さんの恋

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「莉子、シャーペン貸して」 「……シャーペンって。あんたいったい、何しに学校に来ているのよ」  上級生のクラスだっていうのに、理史は物怖じすることなくその入口に立っている。  私は理史にそこで待つように言ったあと、急いで自分の席に戻りペンケースを開けた。  何の因果か、一歳年下でお隣さんの森口理史とわたしは、家だけでなく高校のクラスまでお隣さん同士になってしまったのだ。  理史が一年F組で、私が二年A組。  その気安さのせいか、高校に入ったとたん、理史は忘れ物常習犯になった。  やれ、コンパスだ定規だ。  辞書だ美術の道具だの。  忘れるのは、勉強道具だけじゃない。  あろうことか、お弁当まで家に忘れる。  結果、おばさんに頼まれた私が、理史の教室まで重いお弁当を届けに行くなんてことも、決して少なくはないのだ。  二年の女子が、一年の教室(しかも相手は男子)に行くのは、何かと目立つ。  ちゃっかり私よりも背が高くなった理史は、ほよよんとした顔つきにもかかわらず、その造りはそれなりにいいため、一年女子のあいだでは密かな人気があった。  密かゆえに本気モードの子が多く、このところ立て続けに「もしかして、理史くんの彼女さんですか」なんて、真剣な顔で聞かれてしまった。  もちろん、毎回きっちり自分の立場である「幼馴染で姉的存在」をアピールするわけだけど。  なんというか、だんだんと苦しくなってきた。  これはひとえに、私の問題だ。  私の気持ちの問題なのだ。  理史を、弟と思えなくなっている私の。 「莉子、俺、この水色のシャーペンでいいよ」 「わ、わわっ」  いきなり背後に理史がいた。  奴は、いつの間にか私の席まで来ていたのだ。 「ちょっと、勝手に人の教室に入ってきて……」  絶対に顔が赤くなっていると思いながらも文句を言う。  気のせいか、教室のあちこちからの視線も感じる。 「わざとに決まってるだろ」  理史が、私にしか聞こえないような小さな声でそう言ったあと  ――耳に。 「わざとだから」  ほよよんとした顔で理史は舌を出すと、「ありがとね」なんて言ってシャーペンをかかげ、教室から出て行った。  残されたのは私。  耳に手を置く。  理史が「わざと」唇で触れたそこに。    家もクラスも隣の、弟みたいな理史。  でも、そんなこと言ってられないってこと。  もう、二人とも知っている。                       (了)
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加