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■CASE4 立花陽一 テーブルマナー
「食事しながら会議する予定が、つい聞き入ってしまったわ。さあ一緒に食べましょう」
レイカがそう言うと、僕たちの前にサラダやスープ、ご飯、ハンバーグが運ばれてきた。
なにかを失ってしまっている僕は、問題なく食事できそうだったけど、普通の精神状況なら、食べてられないかもしれない。
それより『一緒に食べましょう』ってのが引っかかる。
「お嬢様も、ここで食べるの?」
僕が尋ねると、お嬢様は微笑みながら頷いた。
「食事姿を見られはいけないことになってたから、いつも1人で食事していたのだけど、それはとても寂しいことなんだって知ったのよね」
「ふぅん……」
あの先生、寂しくて生徒に手を出してたんだろうか。
なんでもいいけど、片腕を食べて、なにか気持ちに変化があったらしい。
「あなたたちはもう見てしまったでしょ。1度見るのも2度見るのも変わらない。だから、もういいの。極力丁寧に、やってみる」
レイカは、背後に運ばれていたテーブルの上、寝転がる先生が着ていたYシャツを脱がしていく。
左腕だけ袖から引き抜くと、ハサミのように変化した右手で、チョキチョキと腕を切り始めた。
「ひっ……」
松山だろうか。
息をのむ声が聞こえる。
お嬢様は、まるで粘土でも切っているみたいだったけど、人の肉なんて、普通、あんなチョキチョキ切れるもんじゃない。
お嬢様のハサミは、とてつもなく強力ということか。
当然、統司に渡したロープなんて簡単に切られてしまうだろう。
縛るなら、あのハサミを使わせないようにしなくてはならない。
お嬢様は左腕を切り取った後、テーブルの下に用意してあった換えのパーツ取り出す。
切断面からにじみ出る血をふさぐように、くっつけていたけれど、どうしてくっつくのか、それはよくわからない。
お嬢様のハサミで切られた部位は、派手に血が噴出するみたいなことはないようだ。
次に、切り取った先生の腕に、お嬢様は、そのままかぶりつこうとした。
「僕たちの食事とだいぶ違うね」
そう指摘すると、お嬢様は手を止めこちらを見た。
「あなたも、こっちを食べたいの?」
「ううん。そうじゃないけど」
お嬢様は、少し考えるように間を置いた後、いつの間にか普通の手に戻っていた右手をもう一度ハサミにして、チョキチョキと切り始める。
そうして、200gほどの肉の塊を取り出すと、目配せしたメイドが持ってきた皿にそれを乗せた。
僕たちのハンバーグに寄せてるつもりなのかもしれない。
「ソースもかけてみようかしら」
お嬢様の発言を聞いたメイドが、すぐさまなにかを取りに行く。
戻って来たメイドから、小さいコップのようなものを受け取ると、それを肉の塊に垂らした。
「これでいいかしら?」
そうお嬢様は僕に尋ねてきたけれど、正解なんてわからない。
「まあ、いいんじゃない?」
お腹が空いていた僕は、右手だけを使って、フォークでハンバーグを一口サイズに切り、口へと運ぶ。
お嬢様がつけてくれた左手は、綺麗だけれどフォークを使えるほど器用じゃない。
そもそも、自分の手だったころからほとんど使ってなかったし、どれくらいの差かはわからないけど。
そんなテーブルマナーのなってない僕を気にすることなく、制服の少女も食事を始める。
ナイフとフォークを正しく使っていて、すごく綺麗な食べ方だ。
「詩音みたいに食べればいいかしら」
お嬢様が尋ねる。
制服の少女は、詩音というらしい。
「レイカの好きなように食べたらいいわ」
「真似してみる」
レイカは見様見真似で、詩音のようにナイフとフォークを使い出す。
僕ではなく、自分が真似をされたことが嬉しいのか、詩音は微笑んでいた。
これが異様な光景だということは、もちろん僕も気づいていた。
隣にいる統司と五樹、向かいに座る松山は、なにも手につけれず黙ったまま。
自殺志願者の少年は、とくに気にしていない様子で、詩音ほど丁寧ではないけれど、ナイフとフォークを使い、ハンバーグを食べていた。
あの子が普通に食べていられるのは、僕と同じで心が欠けているからだ。
だったら、詩音は?
最初から、ちょっとサイコパスな子なのかもしれないけど、すでにお嬢様に食べられている可能性もある。
食べられることに関しても、そこまで抵抗はないのかもしれない。
そういえば、メイドたちはなにが起こっても冷静だ。
さすがプロだって思ってたけど、僕と同じで心が欠けているのかもしれない。
「……ねぇ、お嬢様。1か月くらい前に入ったメイドかボーイ、いたりしない?」
「1か月くらい前? いたかしら?」
近くのメイドにお嬢様が尋ねる。
メイドは頷き、
「1か月ほど前、料理担当の子が入りました。こちらのみなさまの料理も、彼が担当しております」
そう教えてくれた。
「この料理、すごくおいしいからその子に会わせてくれない? いいでしょ、お嬢様」
「そうね。それくらい構わないわ」
お嬢様がそう答えると、メイドが料理担当を呼びに向かう。
そうして連れて来られた子は、僕と同世代と思われる少年だった。
僕の傍へと来てくれる。
「きみ……歌うの好きでしょ」
「……ありがとうございます」
「そうじゃなくて。ああ、こんな形で、きみの手料理を食べることになるなんて。りっかだよ。ほら、よく通話して、一緒にゲームとか、コラボの相談も……」
近くにいた五樹が、なにか気づいた様子で僕を見る。
その視線に気づきながら、僕は小さく頷きながら、彼に合わせて席を立つ。
「実写のときはマスクで顔、隠してたけど、さすがにわかるよ。さっき『ありがとうございます』って言ってくれた声も、機械通してないとこんな感じなんだろうなって思うし。ハルくん……だよね?」
直接、会ったことはなかったし、ネット上の薄い関係だって言われてもしかたないけど、僕は彼の活動に憧れていた。
一方的だけど、勇気づけられて、背中を押されて、いま僕が配信者として一応、それなりの数字を稼げるまでになったのは、彼のおかげだ。
そもそも、画面の向こうの存在だったから、絶対探し出すなんて強い意志があったわけではないけど、いま彼を目の前にして、僕の目から涙がにじみ出た。
そんな僕の心を、レイカが突き落とす。
「シェフ。その子は害虫だったみたい。駆除して」
「え……」
「承知しました」
目の前の少年、ハルくんが心のこもっていない目で僕を見ながら、お嬢様の指示に答える。
お腹のあたりに違和感を覚えて俯くと、なにかが刺さっていた。
お嬢様の右手みたいな虫のハサミ。
「イッ……」
なんで。
なんでハルくんの手が、こんな醜いハサミになってるんだろう。
お嬢様と同じ?
じんわりと、服に染みが広がっていく。
「やめ……」
五樹が慌てて間に入ろうしてきたけれど、もう遅い。
ハサミは、僕のお腹に刺さってるんだから。
僕は、五樹を見て小さく首を横に振った。
持っていた鞄を、後ろ手で統司にこっそり渡す。
「レイカを……殺して」
それだけなんとか言い残して、僕は意識を手離した。
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