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■CASE2 桃井詩音 換えのパーツ
レイカと出会って、私の人生は激変した。
人生なんて語れるほど、長く生きて来たわけではないけど。
春香が私をどう思おうと、構わなくなった。
悲しみや混乱は、レイカが食べてくれたから。
野外学習から数日後、自宅から1時間ほどかけて、彼女に会うため、施設にやってきた。
ハイキングコースの奥に家があるなんて、思ってもみなかったけど、しばらく歩くと、立ち入り禁止のテープが張られていることに気づいた。
入っていいのか、迷っていると、館の奥から、彼女が来てくれた。
午前中、明るい時間に彼女を見るのはこのときが初めてだった。
あいかわらず、かわいくて、美しくて、異質な存在。
「あ……あの、覚えてる?」
緊張しながら尋ねる私を見て、彼女はこくりと頷いた。
「ええ。覚えてる。つい最近、会ったばかりだもの」
「また会えるって言われて、それで来たんだけど……どこか出かけるところだった?」
「虫を捕まえに。こないだは夜に出かけたけれど、変な噂が立つから、やめた方がいいって、パパが」
「変な噂?」
たしかに夜遅く、こんなかわいらしい格好で虫を捕まえている少女がいたら、妙な噂が立ってしまうだろう。
そういえば、この辺は心霊スポットだなんて、噂になっていた気がする。
野外学習に行く前、クラスの子たちが、少し騒いでいた。
そういう話は嫌いじゃないし、どちらかといえば興味もあるけれど、みんなで騒ぐのは好きじゃない。
遠くで聞いていただけだけど、心霊スポットと呼ばれる原因は、もしかしたらこの少女なのかもしれない。
「私は、あなたが夜に出歩いていたおかげで、あのとき出会えて、よかったと思ってる」
「……そう。それじゃあ、悪くないのかもしれないわね」
彼女が、私に出会えてよかったと思ってくれているかどうかはわからないけど。
「あ、虫を捕まえに行くのよね? よければ……」
虫は得意じゃない。
網もなく、手で捕まえるなんて、考えたこともない。
嫌とか平気とか以前に、選択肢になかった。
彼女は、あの夜のように、手で蝶を捕まえる気なのだろう。
「一緒に、捕まえるのは難しいかもしれないけど、見守らせてもらえたら」
「それ、楽しい?」
こんなに綺麗でかわいらしい彼女を見ていられるのだから、きっと楽しいに違いない。
「あなたといると、なんだか心が落ち着くみたいなの」
「落ち着きたいのね」
「……そうかもしれない」
悲しみや混乱は、必要ない。
別の意味で心は騒いでしまいそうだけど。
「あなたがくれるなら、虫を取る必要もない」
「え……」
「食材。うちに来る? あなたは私を見守れる。私はあなたを食べられる」
まるで、利害の一致だとでも言うというに、彼女はそう提案した。
また、食べられる?
先日、小指を食べられたみたいに?
私は、自分の右手の小指に視線を落とす。
この小指の先は、私じゃなく彼女のもの。
だけど、問題なく動かせる。
まるで私の小指みたい。
彼女の一部が、私のものになるなんて。
「私を食べたら、また、あなたをくれるの? あなたの小指は?」
「換えのパーツをつけたわ。こないだは外だったから、私の小指をあげただけ」
「そう……なの。じゃあ、次は、もらえないのね」
彼女は、少しだけ考えるように間を置いた後、
「欲しいの? 私の体」
そう、私に尋ねた。
体が欲しいだなんて、かぁっと顔が熱くなる。
ああ、でも図星だ。
どうせなら、用意された換えのパーツなんかじゃなく、彼女の体が欲しい。
「……難しい?」
そう聞き返すと、彼女は首を横に振った。
「いいわ。換えのパーツも、そもそも私みたいなものだけど、私はあなたを食べる。あなたは、私の体を使う。私の体は、換えのパーツをつける。それで問題ない」
直接、私が換えのパーツを使えば、彼女を傷つけることもないし、手間も省けるだろうけど、欲しいと思ってしまった。
「ねぇ、換えのパーツは、あなたにちゃんと適合してるのよね?」
「適合?」
「右手の小指……見せてくれる?」
彼女が見せてくれた小指は、もともとそうであったみたいに、ちゃんとくっついていた。
傷がついた様子はない。
「よかった……」
「なにがよかったの?」
「私のせいで、傷跡なんて残して欲しくないし」
「傷跡は嫌い?」
嫌い。
そう答えそうになったけど、もし、彼女が見えないところに傷跡を持っていたら?
私は、首を横に振った。
「私が理由で、あなたに傷がつくのが嫌なだけ。でも、食べたり、体をあげたりするのは、傷じゃ……ないのよね?」
自分でも、なにを言っているのか理解できなかったけど、彼女は答えてくれた。
「食材を切るとき、あなたは、包丁で傷をつけているの?」
「ううん。傷とは言わない」
「そういうことじゃないかしら。行きましょう」
私は、混乱しなかった。
自分の発言が理解できなくても、彼女の発言が理解できなくても、それでいいと思ったし、混乱するということを、忘れていた。
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