■CASE2 桃井詩音 少女は笑わない

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■CASE2 桃井詩音 少女は笑わない

 彼女の家は、とても豪華な館だった。  彼女は私をベッドに誘う。 「なにするの?」 「食事よ。本当は、見せるものではないの。目を伏せてくれる?」 「……見たいって言ったら?」  彼女は少し考えた後、 「見てしまうと、ここから帰せなくなってしまうわ」  そう教えてくれた。 「どうして?」 「変な噂が立ってしまうから。騒ぎ立てられたくないし、警察を呼ばれたりしたら……」 「そんなことしないけど。帰せなくなった子は、どうなるの?」 「そうね。パーツを入れ替えて、何もかも忘れて、ずっとここで過ごすことになるかしら」  ああ、なんていい人生なんだろう。  でも、なにもかも忘れてしまうのはもったいない。  彼女との出会いや関係は、覚えていたいから。 「……見ないようにする。その代わり、教えて。なにが起こっているのか」 「見られちゃダメとは言われているけど、教えちゃダメとは言われてない。だから、教えるわ」  その判断が正しいのかどうかわからないけど、突っ込むのはやめにしておいた。 「今日はどこを食べようかしら。食べて欲しいところはある?」  あなたに食べられるのなら、どこでもいい。 「いいことを思いついたわ」  私がなにか答えるより早く、彼女がそう言った。 「え……」 「あなたのスカート、長くてとても広がる。足を隠しているでしょう?」  たしかに、今日はロングスカートで、スネくらいまで足を隠していた。 「太もものあたりなら、スカートで隠れるわ。あなたがもし、途中で目を開けててしまっても、直接、見ることはない」 「私の……スカートの中で、食事するってこと?」 「そう。いつもは先に切り取ってしまってから、食事をするのだけど、直接、噛みついてもいいわよね?」  直接、私の太ももに噛みつく?  考えただけで、心臓がバクバクと音を立て始める。 「いい、けど……」 「じゃあ先に、私の太ももを切り取っておく。50gくらいにしておこうかしら」  それが多いのか少ないのか、私にはよくわからなかった。  普通に考えて、それだけの肉がえぐり取られたら、きっと大ごとなんだろうけど。 「ベッドに座って待ってて。すぐに終わらせる」  彼女はそう言うと、私に背を向けた。  ドレスみたいに豪華なスカートの前を手繰り寄せ、彼女がアゴで挟んでいるのが、後ろからでもなんとなく分かった。  もし、向こうに鏡でも置いてあったら。  こっちを向いてくれていたら。  彼女は、私に太ももと下着を晒していただろう。  想像力を掻き立てられ、私は思わず、自分の右手を、スカートの上から太ももに挟んだ。  彼女のものだった小指の先で、布越しに割れ目をなぞる。 「はぁ……」  なんて最低なことをしているんだろう。  彼女にとっては、ただの食事でしかないのに、また欲情してる。 「ん……」  彼女が小さく息を漏らす。 「大丈夫……?」  私が声をかけると、背中を向けたまま、彼女は話してくれた。 「いま、太ももに刃物を入れたの。痛みはないけど、不思議な感覚」  どういう感覚なんだろう。  ここまでくると、彼女が普通の人間ではないことくらいもうわかっていたけれど、やっぱり私は混乱しなかった。  普通じゃなくていい。  静かな部屋に、チョキチョキと、ハサミの音が響く。  いつハサミを手にしたのか、わからないけど、彼女がスカートの中でなにかをしていると思うだけで、私は興奮が抑えられなかった。 「ふぅ……取れたわ。こんなもんかしら」  そう言うと、彼女は近くに置いてあったティーカップに、ポトリとなにかを落とした。  あれが、彼女の肉塊なのかもしれない。 「思ったより、少ししか取れなかったかも」  彼女が振り返る前に、私は自身の手をスカートから離す。 「それじゃあ、次はあなたの番。あなたは、痛みを感じるんだったわね」 「ええ……」 「先に麻酔だけしておくべきだったかしら。とりあえず、座ったままでいい。足を開いて、スカート、軽く持ち上げてくれる?」  とてつもなく恥ずかしいことを要求されていたけれど、彼女はきっと、そんな風に思っていない。  女同士だし、裸を見るくらいなんてことないのかもしれない。 「足、開くのね……」  私は、スカートを手繰り寄せながら、少しだけ足を開いた。 「太ももの内側を切ってしまったの。手が届きやすかったから。だから、同じ場所にするわ」  ティーカップを持った彼女が、私の足元に跪く。 「それじゃあ、覗いちゃダメよ?」  そう言ったかと思うと、彼女は私のスカートに中に自分の頭を入れた。 「ん……」  彼女の柔らかい髪が、私の太ももをくすぐる。 「ご、ごめんなさい。私……汗ばんでて……匂いとか……」  いまの私は、ただの食事に欲情している変態だ。 「食材の匂い。料理にはなんだって、匂いがあるものだわ」 「ええ……」  スカートに誰かが入り込んでくるなんて、普通じゃない。  普通じゃないけど……普通じゃないことは、私を安心させてくれる。 「少し、チクッとするから」  スカートの中で、彼女がしゃべると、温かい吐息を内股に感じた。  直後、チクリとなにかが刺さる。 「ん……!」 「痛かった?」 「大丈夫……」 「そういえば……教えるんだったわね。いま、あなたの内股に針を刺したの。細い針よ。私の指から出してるの。ここから、麻酔をゆっくり入れるわ」 「指から……針が出てるの……?」 「そうよ」 「麻酔液は、どこから出てるの?」 「私の体内から」  まったく理解が追いつかなかったけど、とにかく私は彼女に針を入れられているらしい。  彼女自身が持つ針だ。  その針を通して、彼女の体液が、私の中に入り込んでくる。 「ん……く……ごめん、なさい……」 「どうして謝るの?」 「変な気持ちに、なってるから……」 「変な気持ち? もしかして欲情? 前もそうだったわね」  言い当てられて、ますます自覚する。  前のときもそうだった。  それなのに、彼女は引かないでいてくれたんだった。 「食事は、欲情する行為なのね」 「違う……違うけど……」 「あら。下着が少し湿ってるみたい」  まるで確認するみたいに、彼女が下着に触れる。 「ふぅっ!」 「麻酔液を入れ過ぎてしまったのかしら。こんなの初めて」 「違う……違うから。ああ……ごめんなさい……」  あなたがいやらしいことをするせいだって、本当は思ってる。  でも、彼女はそんなつもりじゃない。  純粋すぎるだけ。 「たくさん謝ってる。いま、どんな気持ち?」 「悪いと思ってる……」 「そう。その悪いの、いらないわよね?」 「いらないって……思っていいの?」  罪悪感を消したら、私はラクになる。  でも、それは持つべき罪の意識ではないんだろうか。  わからない。 「いらないなら、私がもらう。ちょうだい?」  そう言われた私は、考えることを放棄した。 「……食べて」 「そろそろ、麻酔はきいたかしら。それじゃあ、いただきます」  スカートの中、くぐもった声がしたかと思うと、太ももを抱え込むようにして掴んだ彼女が、内股にしゃぶりつく。 「ひぁっ、ああっ!」  あまりにも情熱的で、私は思わず後ろのベッドに寝転がった。 「あん……ん……まだ、麻酔、きいてなかった……? 感覚、あるみたい」 「い、痛みはない……けど。しびれてるみたい……ふぅ……う……」 「まだ、その辺の加減が、私もうまくないの。眠っていれば、いいんだろうけど」  普段は眠らせて、食材である本人が気づかないうちに、ことを終わらせているのかもしれない。 「いい……このままで……。少しくらい、あなたを感じたいもの……」 「わかったわ」  肉を噛み切り、くちゃくちゃと咀嚼する音。  決して綺麗な音ではないし、不快に感じてもおかしくないのに、私は興奮していた。  膨れ上がる罪の意識は、少しずつ咀嚼され、和らいでいく。 「つい、直接かじってしまったけど、切り口を整えるわ」 「はぁ……はぁ……ええ……」  チョキン、チョキンと、ハサミでなにかを切り取られていく。 「私のパーツ、いまからつける。動いちゃだめ」 「わかった……」  そもそも動けそうになかったけど、彼女が少し動くたび、体が震えそうになる。 「ねぇ、押さえて……。足……ガクガクしそうなの」 「わかった。ちゃんと手で押さえてる」  彼女は両手を使って、太ももを外側と内側から押さえこんでくれているみたいだった。 「食事は、もう終えた……?」 「ええ、食べてしまったわ。もう少しゆっくり味わおうと思ったけど。終わったのだから、もう見られても平気ね。スカート、めくってみても大丈夫よ」  彼女の許しを得た私は、寝転がったまま、自分のスカートをめくりあげた。  彼女は、私の太ももを手で押さえながら、ジッと私を見つめる。 「悪いと思ってる……その気持ち。ゆっくり私に、入ってきてる。あと……これはなに? もしかして、欲情?」  ああ、私の欲情が、彼女に食べられたのか。 「罪悪感と、欲情が、私から少し消えたみたい」 「少し?」 「……少しよ。欲情は……いまは落ち着いても、またすぐにやってくるもの」 「そういうものなのね。そのときはまた、私が食べる。食べ過ぎたら、どうなるのかしら。私も、覚えるだけじゃなく、ちゃんと欲情できるかも」  私の欲情が、彼女に移って、彼女が私に欲情してくれたら。 「……ねぇ、これからも、私のこと食べてくれる?」 「あなたがいいのなら」  少しして、彼女の手が私の太ももから離れていく。 「もう馴染んだみたい。押さえてなくても平気だけど、もう少しじっとしていて」 「うん……」  ぼんやりした頭で彼女を見つめていると、彼女は床に置いたティーカップを手に取った。  中身を、コクコクと飲み干していく。 「それ……」 「ああ……血よ。あなたの血。直接、太ももからも少し飲んだけど、その後、ハサミで切ったとき、少し出てしまったのを、カップでうけておいたの。ごちそうさま」  私の血を、嫌な顔ひとつせず、飲んでくれた……?  悲しみや混乱、罪悪感や欲情を食べられた私は、ただ、幸福感で満たされたような感覚に陥った。 「ねぇ……1つだけ、お願いがあるの。その……キス、してもいい?」  彼女は、その行為の意味をわかっていないみたいだったけど、私のお願いを聞き入れてくれた。 「唇を重ねるのよね。いいわ」  彼女の唇が私に触れる。  ぼんやりする私とは対照的に、彼女はあいかわらず冷静で、微笑むことはなかった。
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