■CASE2 桃井詩音 ずるいこと

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■CASE2 桃井詩音 ずるいこと

 何度かレイカに食べられて、そのたびに、私はなにかを失った。  かわりにレイカは、表情も豊かになったし、人間らしい話し方をするようになっていた。  私の心が、彼女に入り込んだみたい。  もちろん、私以外でも食事はしているみたいだし、私だけでレイカが出来上がっているわけではないけれど。  私だけを食べて欲しいだなんてことは言えなかった。  私だって、心は必要だ。  レイカを見てもなにも感じなくなるなんてのは嫌。  嫌だけど、それが嫌だってことすら、レイカは食べてしまうかもしれない。  7月、夏休みに入ってすぐのこと。  レイカは、いつものように私を自室に招き入れると、思いがけないことを言った。 「食事会を開こうと思うの」 「食事会?」 「そう。以前から定期的にしていたんだけど、詩音も来ない?」  もちろん、嬉しいお誘いだけど、レイカの食事は、人間だ。 「どういうこと?」 「私が食べたい人と、無くしたい感情がある人を集めて、食事をするの。もちろん、来てくれた人には、ちゃんとした食事をあげるわ」 「そんなに、食事に困っているの……?」 「困っているわけじゃない。でも、定期的にしているの」  彼女の食事事情を、すべて知るわけじゃない。  私だけで賄えるものではないんだろうし、こういうこともあるんだろう。  わからないなら、覗いてみればいい。 「……行くわ。参加する」 「予定している日は、夜から雨がひどくなりそうなの。よければ泊って」 「いいの……?」  レイカの家に泊まるなんて、初めてだ。  心がざわめく。  まだ、私にもそういう感情が残っていたらしい。 「あ、でも……他にも誰か呼ぶのよね? その人たちも泊めるの?」 「そのつもり。泊めることが難しかったり、その日のうちに食べられなくても、きっかけを作って、また来てもらうようにする」 「そう……」  私は、別に特別なんじゃない。  それを思い知らされる。 「どうしたの、詩音。いらない感情が、生まれてるみたい」 「……もらってくれる?」 「ええ。もらうわ。あなたからは、少しずつしかもらっていないから、ずっと変わらないわね」  レイカが、私の手を掴み、指を眺めながら呟く。 「たくさんだと、どうなるの?」 「人格そのものが変わってしまうこともあるわ。それだけたくさん食事をする機会は、限られてるんだけど」 「どういうとき?」 「自分を捨てて、心を空っぽにしてもいいという食材が見つかったとき。もしくは、食事を見られて、その子を帰さないと決めたとき……かしら」  私は、レイカの食事姿を見ていない。  なんとなく、想像はしているけれど、決定的なシーンは、見ないようにしてきた。  レイカの指から針が出ること、ハサミがあるということは、なんとなくわかっている。  きっとそれは、恐ろしいものなのだろう。  だったらその恐怖心を、レイカが食べてくれたらいい。  食事会当日。  集まったのは、自殺を志願していそうな少年と、心霊スポットに興味があるという中性的な少年、人の良さそうな大学生くらいの男だった。  中性的な少年は、レイカが呼んだわけではないのかもしれない。  自殺志願者は、無くしたい感情がある子だろう。  どこまで事情を把握しているかはわからないけど、レイカとは利害関係が一致している。  問題は、大学生くらいの男だ。  誰かに食べてもらわなければならないほど、精神が病んでいるとは思えない。  だとしたら、レイカが食べたい人……?  レイカが欲しがる心を持っているということなのかもしれない。  そう考えたら、モヤモヤしたなにかが、溢れてきた。  よくない感情。  レイカはきっと、この感情を食べてくれるけど、本当は、それがいいことなのかどうかもよくわからなかった。  私は、悪い心ばかり食べさせている。  自殺志願者よりはマシかもしれないけど、それでも、レイカがいま、よくないことを考えているのだとすれば、それは私が考えたことでもあるのかもしれない。  もちろん、私の心がそのまま、レイカに移ったわけではないし、私以外になにを食べているのか、そこまで把握はしてないけれど。  その後、少しして、教師と生徒が2人、雨宿りするみたいに追加でやってきた。  呼んだのか、偶然なのかはわからない。  レイカが姿を現すことはなく、私たちは豪華な食事を口に運んだ。  レイカの言う通り、みんな泊まることになった。  大学生の男は、ここが元々ホテルだったということも知らないみたいだし、とくにレイカと親しい関係ではなさそうだ。  だったら、友達でもなく、この人は、なにも理解していないただの食材。  それ以上でも以下でもない。  とっとと食べられてしまえばいい。  予想外の出来事は、翌日、起こった。  大学生の男が、なにやら騒ぎ出したのだ。  中性的な少年を助けたいみたいだけれど、余計なことしないで欲しい。  ただ、この男をほっとくわけにもいかない。  ついていくと、地下室で、レイカが食事をしていた。 「あ……」  見てしまった。  これまでずっと見ないようにしてきたレイカの手。  まるで虫が持つハサミのように、変形していた。  レイカがこれまで、隠そうとしてきた意味を理解する。  苦手な人にとっては、とてつもなく不快な形状だろう。  おそらく、そのハサミのような手で刈り取った中性的な少年の手に、むしゃぶりつく。  私は、その姿に目と心を奪われた。  最初こそ、口で直接、小指の先を食べられたけど、あのときは暗くてよく見えなかったし、それ以来、音で想像するしかなかったレイカの食事姿を、こんな形で目の当たりにするなんて。  どうせ見るのなら、食べられているのが私だったらよかったのに。  なんで、私じゃないんだろう。 「……ずるい」  そんな言葉が口をつく。  綺麗だとは言い難いけど、あんなにも大胆に、おいしそうに食べられるなんて。  私も、指の1本や、50gの肉じゃなく、もっと一気にたくさんあげればよかった。  レイカを見てしまった私たちは、レイカいわく『帰せない人』となった。  私は、これまで何度も食事されたうえで、この館を出入りしていたし、ハサミを目にしたところで、妙な噂を立てたりしないと、わかってもらえるかもしれないけど。  そんなこと、いまはどうでもいい。  ここにいる人たちは、たっぷりレイカに食べられて、人格を歪められ、心を失っていくんだろう。  それも、どうでもいいことだけど。  レイカは、どうなってしまうんだろう。  そんなにたくさんの感情を食べて、気が狂ったりしないんだろうか。  それをしているのは、レイカ自身?  それとも、父親の指示?  いずれにしろ、次の食事はあの教師に決まった。  突然、雨宿りに来た人で、最初はある程度、まともなのかと思っていたけど、レイカを見た後、一番、動揺していたし、ひとまず黙らせようってことなんだと思う。  嫌なものの排除でしかないし、たぶんレイカが望んだ食事じゃないけど。  レイカが望む食事は、あの大学生くらいの男。  それを叶えてあげたい気持ちと、叶って欲しくない気持ちが入り混じる。  最近、混乱することはなくなっていたけど、それでも少し頭を整理したくて、2階の部屋で休ませてもらうことにした。
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