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■CASE3 八谷統司 安楽死の館
3つ上の姉、八谷統子が自殺を図ったのは、1年ほど前のこと。
姉の残したスマホから、原因が、楠という体育担当の男性教師だとわかった。
高校時代、2人は恋人のような関係だったらしい。
もちろん周りには内緒で、卒業したら堂々と付き合えると、姉は信じていたようだ。
だが、現実はそうではなかった。
卒業と同時に、別れを切り出されたという。
『教師として、してはいけないことをした』『きみを見るたび罪を思い出してしまう』『僕はきみにふさわしくない』『お互いのため』などといった綺麗ごとを述べ、姉は、自分といることで罪悪感を抱かせてしまうのならと、それを受け入れざるえなかった。
在学中、たった一度、関係を持っただけならまだしも、何度もしておいて、さすがにそれはないと、俺は思った。
つまり、高校生というブランドがなくなった姉に興味はないということだろう。
姉が自殺を図る少し前、姉と同じ高校に入学していた俺は、姉から楠について聞かれた。
姉が楠とそういう関係だったなんて当然、知らなかったし、なぜ姉が男子の体育を担当する楠について聞くのか、疑問にも思わなくて、姉の代から変わらずにいる先生がそいつくらいなんだろうかと、軽く考えていた。
俺は、そのとき楠に流れていた噂を姉に告げた。
「あいつ、生徒と付き合ってるとかなんとか、言われてるよ」
そのとき姉は、信じられないといった様子で、嫌悪感を露わにしていた。
俺は単純に、生徒に手を出す教師に引いてるんだと思った。
「あくまで噂だけど。マジだったらやばいし」
姉の引きっぷりに内心慌てた俺は、事実かどうかはわからないと、一応フォローした。
だが、姉は話を終わらせてはくれなかった。
「それ、いま付き合ってるってこと?」
「そんな詳しいことまで知らないよ。男子しか担当してないのに、やたら仲良さげな女子がいるって話で、周りが勝手に噂してるだけじゃない?」
このとき、なんで姉は楠のことを聞いたんだろうって、もう少し疑問に思ったらよかったのかもしれない。
姉は平気なフリをして、
「その話、すごく興味あるんだけど。もっと探ってきてよ」
そう俺に言った。
「どうでもいいだろ」
「私の友達が、あの先生のこと気に入ってたみたいなんだよね。卒業してるし、もしかしたら狙えるんじゃないかーって。でも生徒と付き合ってるんじゃねー」
姉の友人が楠を好きだから、姉も楠の話題を持ち出したのかと、そう俺は理解した。
姉の友人のためだとか、思っていたわけではないけれど、少し気にして楠を観察していると、たしかに特定の女生徒と仲良くしているようには見えた。
とはいえ、決定的な現場を抑えたわけじゃない。
そのとき、姉が教えてくれた。
「体育の先生だけが入れる準備室、あるでしょ。楠先生が管理してるみたいだから、そこでなにかあるんじゃない? 昼休み中とか」
ドラマの見過ぎじゃないかと思った。
俺も暇というわけじゃない。
それでも、そんな話を聞いた後だったから、昼休み、図書室に寄った後、なにげなく運動場にある準備室に目を向けると、1人の生徒が、そっちから校舎へと歩いてくるのが見えた。
ドアは反対側で見えなかったし、準備室から出て来たとは限らないけど、昼休み中、あんな場所にいるのは不自然だ。
もしなにかあったとしても、楠は、準備室で弁当を食べていて、女子生徒が会いに来ただけだと、言い訳するだろう。
実際、その程度のことかもしれないけど、噂がたつ理由はわかった。
その女が、同じクラスの松山菜々花だということも。
松山は、いかにもスポーツが出来そうな女子生徒で、恋愛にはうとそうなところが、男子の人気を集めていた。
女子は、どう思ってるかわからない。
ただ、自分から積極的に教師にアピールしにいくような女には見えなくて、俺の知らない意外な一面があったのか、それとも楠が呼びつけたのか。
楠も、ああいう女子がタイプなんだろうかと思ったとき、自分の姉が似ているとふと頭をよぎった。
実際にスポーツが得意と言うわけではないけど、スポーツが出来そうな雰囲気は十分にある。
それでいて、恋愛にはうとそうで、姉はモテるんだろうなとなんとなく思っていた。
楠のことを気にしているのは、友達じゃなく姉自身なんじゃないか。
姉は、俺に忘れ物を届けに来たフリをして、卒業生として学校を訪ねてきた。
そこで、楠と話し合い、いまは別の子とそういう関係であることを知ったようだ。
つまり、別れた際に述べられた理由のすべてが、嘘だったと理解したらしい。
もちろん、姉から直接聞いたわけではない。
ネット上の日記に、そう書かれていた。
名前は出していないし非公開で、これがなにかの証拠になるわけじゃない。
創作物だと言われたら、それまでだろう。
ただ、俺は姉が綴った事実だと感じたし、そのことで姉は病み、自殺を図ったのだと思った。
自殺は未遂で済んだ。
手首を切るくらいでは、どうにもならないらしい。
それでも少し入院することになった姉の携帯を見たことで、俺はすべての事情を察した。
なにも考えず楠のことを馬鹿みたいに姉に伝えた自分を呪った。
楠は、俺が弟であることには気づいていたようだけど、さすがに事情を知っているとは思ってないようだ。
おそらく距離を取りたかっただろうが、そうはいかない。
2年になってすぐ、男子のクラス代表になった俺は、いくつか候補にあがっていた野外学習施設のうち、ある施設を強く推した。
野外学習に関しては、体育教師である楠がメインで担当する。
俺が推した施設に決定し、挨拶も兼ねて、楠と一緒に下見に行くことになった。
男子1人じゃなんだということで、女子も1人追加で来ることになったが、楠が俺と2人きりになりたくない言い訳だろう。
立候補したのは、2年で別のクラスになっていた松山だった。
俺がこの施設を選んだのは、他でもない。
一部の自殺志願者の中で噂になっている『安楽死の館』が近くにあるからだ。
姉がスマホで熱心に調べていたため、その存在を知った。
ただ、行方不明扱いになるとか、噂レベルで真実味がないとかで、姉はその選択を選ばなかったようだが。
そうして俺は、楠と松山と、3人で館に入ることに成功する。
泊まることになったのも想定内だ。
俺は楠を陥れるため、ここに来た。
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