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■CASE3 八谷統司 お嬢様の訪問
あまりにも唐突で、俺たち3人は息をのむ。
「え、誰……?」
りっかさんが不思議そうにドアを見る。
「誰がどの部屋かって、昨日、交流してるとか、部屋に入るところを見ていない限り、わからないですよね」
「うん。一応、みんなと話したけど、交流ってほどのことはしてないしなぁ。一番話してるのは五樹だし」
「りっかが、投票で決めるとかなんとか言ったから、その話し合いでもしようと、誰かが来たんじゃないか? りっかの部屋だってわかってないにしても、みんなの部屋を訪ねてるとか」
楠は捕まってるだろうし、自殺志願者の少年は、すでにお花畑だ。
松山なら、ありえるか?
「ちょっと出てみるよ」
りっかさんが、ドアへと向かう。
ちなみに、覗き穴みたいなものはない。
「誰ー?」
恐怖心を持たないりっかさんは、とくに警戒する様子もなくドアをガチャリと開けた。
「私よ。レイカ。落とし物を届けに来たの」
そこに立っていたのは、ついさっき、壊すことに決めた相手、お嬢様だ。
「わざわざ届けてくれたんだ? でも落とし物って……?」
平静を装うようにして尋ねるりっかさんに、お嬢様が携帯を差し出した。
「外部と連絡を取るつもりなら、預かっておくけど」
「取らないよ。やだなぁ」
「あなたもよ」
お嬢様が視線を向けたのは、五樹さんだ。
「……取らない」
「それならいいわ。ずいぶん楽しそうな会話をしてらしたのね。食事をしながら聞いてたわ。私を壊すとかなんとか」
「冗談に決まってるじゃん。壊すなんてさー」
「冗談? 冗談ってなにかしら?」
「……わかってて言ってるよね。なに、どんだけ食った? ずいぶん饒舌になってるけど」
りっかさんの声から、怒りを感じ取る。
お嬢さまが、それに気づいているかどうかはわからない。
「朝ご飯、少なかったから、少し休んだ後、あの人の腕を切り取ったの。ああ、ちゃんと換えのパーツもつけてあげたわ。そう、それでいざ、食べようとしたら女の子がきて『先生を解放してください』とかなんとか。もうパーツは馴染み始めていたし、大事な昼ご飯だったけど、いったん引き渡したの。そしたらどうなったと思う?」
あの人というのが楠で、やってきた女の子は松山に違いないだろう。
腕なら、りっかさんの手だけに比べて、だいぶ影響は大きいはずだ。
「わかんないなぁ。どうなった?」
りっかさんが、冷静を装いながら尋ねる。
「女の子は、眠ったままの男をなんとか1階の標本室まで運んでいたわ。私は、自分の部屋で1人、食事をしながら、途中、途切れてしまったあなたたちの会話を、また聞いてたわけだけど。なんだか騒がしかったから標本室を覗いたら、男が少女に覆いかぶさって交尾を始めていたの。すごい本能ね。虫みたい」
……最低だけれど、想像できてしまう。
楠の頭がバカになったら、それくらいしそうだ。
「知能も失うのか……?」
思わず口をつく。
「失ったのは、自制心じゃないかしら。もしくは羞恥心? 昼前だっていうのに、結構つまみ食いしちゃったわ」
お嬢様はそんなことを言いながら、ニヤリと俺たちを見て笑った。
「お嬢様ってば、いつの間にかそんな風に笑えるようになったんだ?」
「おいしい食事のおかげね。ねぇ、次に食べられる人、3時までに選んでおいて。それと――」
お嬢様はハサミになった手を見せつけるように取り出す。
「画面越しじゃ、よくわからなかったでしょ。見せてあげる。あなただけ、見てなかったものね」
りっかさんの目の前に差し出されたハサミが、そのまま突き出され――
「危ない!」
飛び出した五樹さんがりっかさんの腕を引く。
「いったぁあ……!」
「……失敗しちゃったわ。あなた、誰でも助けるのね」
そういえば、五樹さんはお嬢様のことも助けていたんだった。
「りっかになにを……!」
「目玉を抜き取ろうとしただけよ。間食にちょうどいいものね」
「なっ……」
「でも、あなたが助けたせいでくり抜けなかったし、くり抜けなかったものに仮のパーツは入れられない。入れたら傷も治ったのにね」
どういうことだ?
りっかさんの左手が、傷跡ひとつなく残っているのは、仮パーツのおかげか?
「私、いつでもあなたたちを壊せるのよ」
お嬢様はそう言い残し、ドアを閉めた。
動けずにいたが、慌てて2人のもとへと駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「くっ……刺された。マジで痛い。でも抜かれずに済んだよ。ありがとう」
どうやら、ケガをしたのは目の周りのようだ。
目玉を刺されたり、くり抜かれるよりマシだが、それでも流血している。
「レイカのやつ、抜かれて、仮パーツが入れられたら、傷も治ったのにって……。もしかして、そっち方が……」
「ううん。その分、心も持ってかれるよ。傷くらいいい。それより携帯……切らないと……」
五樹さんは慌てた様子で、いつの間にか落ちていた携帯を拾って操作する。
「圏外……? くそっ、SIMカード抜かれてる。ああ、ごめん、統司。わけわかんないよね。実は、俺とりっか、通話したまま……いや、いつの間にか切れてはいたんだけど」
「と、とりあえず目の傷、診ておきましょう。冷やせば少しは痛みも和らぐかと」
「……ありがとう」
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