■CASE3 八谷統司 お嬢様の訪問

1/1
前へ
/28ページ
次へ

■CASE3 八谷統司 お嬢様の訪問

 あまりにも唐突で、俺たち3人は息をのむ。 「え、誰……?」  りっかさんが不思議そうにドアを見る。 「誰がどの部屋かって、昨日、交流してるとか、部屋に入るところを見ていない限り、わからないですよね」 「うん。一応、みんなと話したけど、交流ってほどのことはしてないしなぁ。一番話してるのは五樹だし」 「りっかが、投票で決めるとかなんとか言ったから、その話し合いでもしようと、誰かが来たんじゃないか? りっかの部屋だってわかってないにしても、みんなの部屋を訪ねてるとか」  楠は捕まってるだろうし、自殺志願者の少年は、すでにお花畑だ。  松山なら、ありえるか? 「ちょっと出てみるよ」  りっかさんが、ドアへと向かう。  ちなみに、覗き穴みたいなものはない。 「誰ー?」  恐怖心を持たないりっかさんは、とくに警戒する様子もなくドアをガチャリと開けた。 「私よ。レイカ。落とし物を届けに来たの」  そこに立っていたのは、ついさっき、壊すことに決めた相手、お嬢様だ。 「わざわざ届けてくれたんだ? でも落とし物って……?」  平静を装うようにして尋ねるりっかさんに、お嬢様が携帯を差し出した。 「外部と連絡を取るつもりなら、預かっておくけど」 「取らないよ。やだなぁ」 「あなたもよ」  お嬢様が視線を向けたのは、五樹さんだ。 「……取らない」 「それならいいわ。ずいぶん楽しそうな会話をしてらしたのね。食事をしながら聞いてたわ。私を壊すとかなんとか」 「冗談に決まってるじゃん。壊すなんてさー」 「冗談? 冗談ってなにかしら?」 「……わかってて言ってるよね。なに、どんだけ食った? ずいぶん饒舌になってるけど」  りっかさんの声から、怒りを感じ取る。  お嬢さまが、それに気づいているかどうかはわからない。 「朝ご飯、少なかったから、少し休んだ後、あの人の腕を切り取ったの。ああ、ちゃんと換えのパーツもつけてあげたわ。そう、それでいざ、食べようとしたら女の子がきて『先生を解放してください』とかなんとか。もうパーツは馴染み始めていたし、大事な昼ご飯だったけど、いったん引き渡したの。そしたらどうなったと思う?」  あの人というのが楠で、やってきた女の子は松山に違いないだろう。  腕なら、りっかさんの手だけに比べて、だいぶ影響は大きいはずだ。 「わかんないなぁ。どうなった?」  りっかさんが、冷静を装いながら尋ねる。 「女の子は、眠ったままの男をなんとか1階の標本室まで運んでいたわ。私は、自分の部屋で1人、食事をしながら、途中、途切れてしまったあなたたちの会話を、また聞いてたわけだけど。なんだか騒がしかったから標本室を覗いたら、男が少女に覆いかぶさって交尾を始めていたの。すごい本能ね。虫みたい」  ……最低だけれど、想像できてしまう。  楠の頭がバカになったら、それくらいしそうだ。 「知能も失うのか……?」  思わず口をつく。 「失ったのは、自制心じゃないかしら。もしくは羞恥心? 昼前だっていうのに、結構つまみ食いしちゃったわ」  お嬢様はそんなことを言いながら、ニヤリと俺たちを見て笑った。 「お嬢様ってば、いつの間にかそんな風に笑えるようになったんだ?」 「おいしい食事のおかげね。ねぇ、次に食べられる人、3時までに選んでおいて。それと――」  お嬢様はハサミになった手を見せつけるように取り出す。 「画面越しじゃ、よくわからなかったでしょ。見せてあげる。あなただけ、見てなかったものね」  りっかさんの目の前に差し出されたハサミが、そのまま突き出され―― 「危ない!」  飛び出した五樹さんがりっかさんの腕を引く。 「いったぁあ……!」 「……失敗しちゃったわ。あなた、誰でも助けるのね」  そういえば、五樹さんはお嬢様のことも助けていたんだった。 「りっかになにを……!」 「目玉を抜き取ろうとしただけよ。間食にちょうどいいものね」 「なっ……」 「でも、あなたが助けたせいでくり抜けなかったし、くり抜けなかったものに仮のパーツは入れられない。入れたら傷も治ったのにね」  どういうことだ?  りっかさんの左手が、傷跡ひとつなく残っているのは、仮パーツのおかげか? 「私、いつでもあなたたちを壊せるのよ」  お嬢様はそう言い残し、ドアを閉めた。  動けずにいたが、慌てて2人のもとへと駆け寄る。 「大丈夫ですか!?」 「くっ……刺された。マジで痛い。でも抜かれずに済んだよ。ありがとう」  どうやら、ケガをしたのは目の周りのようだ。  目玉を刺されたり、くり抜かれるよりマシだが、それでも流血している。 「レイカのやつ、抜かれて、仮パーツが入れられたら、傷も治ったのにって……。もしかして、そっち方が……」 「ううん。その分、心も持ってかれるよ。傷くらいいい。それより携帯……切らないと……」  五樹さんは慌てた様子で、いつの間にか落ちていた携帯を拾って操作する。 「圏外……? くそっ、SIMカード抜かれてる。ああ、ごめん、統司。わけわかんないよね。実は、俺とりっか、通話したまま……いや、いつの間にか切れてはいたんだけど」 「と、とりあえず目の傷、診ておきましょう。冷やせば少しは痛みも和らぐかと」 「……ありがとう」
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加