■CASE5 宮田五樹 戦いの準備

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■CASE5 宮田五樹 戦いの準備

「なにが正解だったんだろう」  統司の部屋に入らせてもらった俺は、そう統司に尋ねた。  統司は、俺をイスに座らせると、自分はベッドに座りながら、首を横に振った。 「楠と松山に関しては、最初から憎んでたし、そこまで同情してません。俺がやったわけじゃないって、言い訳できる状態だから、そう思うのかもしれないですけど。りっかさんに関しては……理不尽だと思います」  もともと、りっかが2番目に食べられた理由は『探り過ぎたから』だって、りっかは思ってるみたいだった。 「好奇心旺盛で、それがレイカやレイカの父親にとっては都合が悪いから、早めに食べれたんだろうけど、りっかの探求心は消えてなかったんだ……」 「眠らずに食べられることで、一時的に恐怖心だけを抱くようにした……ってことですよね。レイカが、食べる心を選べるのかどうかはわからないですけど、感情のほとんどが恐怖を占めた状態で食べられたおかげで、りっかさんは、恐怖心以外の感情をほとんど失ってないみたいでしたし、もしかしたら、レイカに恐怖心を与えられたかもしれない……」 「その恐怖心が危機感となって現れた可能性もある。りっかがシェフのことを知ってるってわかった瞬間、害虫駆除を指示してたよな」 「そういう決まりごとだとしても、そこまで急いで実行することではないと思いますし、りっかさんを警戒していたのはたしかです」  そもそも、レイカの考えや感覚を理解するなんて、俺たちには無理な話なのかもしれないけど。 「シェフが……りっかの知り合いだったんだな」 「はい。もしあのとき、俺たちがりっかさんから詳しい事情を聞いていて、俺たちもシェフのことを知っている存在だとみなされていたら、害虫として駆除されていたかもしれません」  そこまで考えていなかったけど、たしかにその可能性はある。  具体的に、配信者の名前までは聞いていなかったのと、シェフとりっかが話している最中、下手に会話に割り込まなかったのが、幸いしたようだ。 「りっかの知り合いも、レイカと同じような手を持っていたな」 「はい。他のメイドたちも、もしかしたらそういうことが出来るのかもしれません」 「りっかの知り合いは、ここに来て食べられたみたいだったし、その後、心を失って、手を植えつけられて、言いなりになってる……ってことか?」  自分でも、言ってて信じられないが、統司は、俺の考えを馬鹿にしたりはしなかった。 「あってると思います。手を植えつけられるとか、そのへんはよくわからないけど、食べられたやつが心を失ったり、精神状態がおかしくなるってのは、この目で見てきてるんで……」  統司が、机の上に置いていたりっかのカバンを手に取る。 「あのとき、このカバンを渡されて『レイカを殺して』って頼まれました。俺もそうすべきだと思ってます」 「……いくら託されたからって、1人で責任を負う必要ないよ。死に際の約束ほど、めんどうで辛いことはないからな」 「でも、そうしないと、俺ももう助かりそうにないですし」  助かりそうにないのは、統司だけじゃない。 「りっかから見て俺側にレイカがいたから、統司にこっそり渡したんだと思う。りっかのその言葉は俺も聞いてるから。一緒にやろう」  統司は頷き、りっかの鞄を開いた。 「ナイフと……ライターですね」  ライターは、花火のときに使うような、持ち手から先が長いものだ。 「タバコなら普通の小さいライターで充分だと思うけど……」 「タバコはないみたいです。他には……ヘアスプレーですかね」  髪色も派手だし、ヘアスタイルにこだわりがあったとしてもおかしくない。  ただ、持ち運ぶほどではないだろう。  実際、りっかがヘアスプレーを使って、髪を整える姿は見ていない。  スプレー缶に書かれた『火気注意』の文字が視界に入る。 「もしかして……ライターの火と合わせて使う気だったんじゃないか? キャンプ場で、アルコール除菌のスプレーとか、この手のスプレーで火力をあげようとしないようにって、注意喚起されてたんだ。それだけ、危ないんだよ」 「たしか、火炎放射みたいになるんでしたっけ。正直、刃物でどうにかなる相手じゃないかもしれませんし、こういうものの方が有効かもしれません」 「燃やす……か」  それでも不意打ちで実行するのは、なかなか難しそうだ。 「まだなにか入ってます。紙……」  折りたたまれた紙を統司が開く。  覗き込むと、そこに書かれていたのは、この館の地図だった。 「そういえば、りっかのやつ、いろいろ探索してるみたいだった」 「俺たちの部屋割りもちゃんと書かれてます。お嬢様の部屋もレストランフロアも……いろいろ書いてありますね」  地図の下には『第一優先、レイカ殺害』『父親、生存不明』『必ず抜け道があるはず……』と、いったようなことが書かれていた。 「そういえば、レイカの父親、今日はずっと見ていないな」 「そうですね。これだけのことが起こってるのに。とはいえ、半日見なかったくらいで、さすがに生存不明とまでは思いませんけど」 「俺たちの知らないうちに出掛けたか、部屋にこもってるだけかもしれない。とりあえず、りっかを信じるなら、第一優先は、レイカ殺害……か。なるべく早くレイカを倒す手段を考えよう」  スタンガンで気を失わせ、ロープで拘束。  そこからナイフで刺すか、炎で焼く。  そんな案しか思いつかないが、はたしてレイカに効くだろうか。 「お嬢様の部屋を燃やすって手もありますけど、館全体が火事になって、逃げ遅れたらお終いです……」 「もともとホテルみたいだし、部屋によってはスプリンクラーとか、火災報知器とかついてるかもしれないな。そうなると、結構厄介だ」  なかなか答えが出ずにいると、誰かがドアをノックした。  俺たちの間に、緊張が走る。 「まさかレイカじゃ……」  以前、りっかが刺されたことを思い出す。  俺は自分のカバンからスタンガンを取り出した。  統司は、りっかから預かっていたロープを掴み、扉に手をかける。 「誰ですか」  部屋の中から、統司が声をかけると、 「わ、私。松山だけど」  震えた菜々花の声がして、俺たちは脱力した。 「なんだ……」  統司が扉を開けると、髪を乱れさせた菜々花が、部屋に入ってくる。 「ひどいな。さすがに匂わせすぎてて引く」 「なっ……学校では、ちゃんと気を使って……」 「学校でもやってますって、暴露してるようなもんだけど」  呆れた様子で統司が呟く。  菜々花は顔を真っ赤にしていたけれど、いまはそれどころではないようだ。 「それより、助けてよ。楠先生、おかしくなっちゃったし、次は私が……!」  統司にとっては、別に助けたい相手ではないではないだろうけど、もともとレイカをどうにか倒す方向に話は進めていたし、仲間は多い方が成功率があがるかもしれない。 「菜々花……だっけ。朝と昼、先生のところに行ったんだよね? レイカのこと、なにか気づかなかった?」 「なにかって……」 「なんでもいいよ。どんな様子だったか、隙はなかったか……」  菜々花は、少し考えた後、恥ずかしそうに俺から視線を逸らした。 「朝、メイドに促されて、一度は部屋に戻ったんだけど、先生のことが気になって、レイカの部屋に向かったの。すでに食べられた後だったみたいなんだけど、レイカの部屋で横たわる先生を、なんとか標本室まで運んで……そのとき、レイカはとくに私を攻撃したりはしなかった。食材を持って行ったわけだし、怒られるようなことしちゃったみたいだけど……」 「他には?」 「えっ……えっと……」  口ごもる菜々花に代わって、統司が口を開く。 「楠とヤッててて、なにも気づかなかったんだろ」  統司に言われて、菜々花の気まずそうな態度に納得する。  ただ、そういうことをする隙はあったらしい。  図星を突かれたからか、菜々花は動揺しているみたいだったけど、統司は心底どうでもよさそうだ。 「どうしてレイカは、すぐに食材を取り返したり、菜々花を襲ったりしなかったんだろう」 「単純に、腹が減ってなかったからですかね。気まぐれとか、遊び心とかわかるやつじゃないと思いますし。まあ、楠を食べた後なんで、いまはどうなってるかわかりませんけど……」  そういえば、りっかを食べた後、休むようなことを言っていた。  さっき、教師を食べた後も、馴染むまで部屋で休んでくるって言ってたような……。 「食後は、休まないといけないのかも。さっきも、部屋で休んでくるって……」 「だったら、食べる量も比例しそうですね。りっかさんは左手だけだったんで、少し休むだけで済んだとか。昼前に楠の腕1本と、さっきもう1本。一応、3時にはまた食べるみたいですけど、間隔が短いからこそ、しっかり休んで馴染ませてる……とか」 「うん。俺たちだったら、動いて消化しないと次のご飯は食べられないって思うとこだけど、休んで……たぶん、感情を動かさないようにして、馴染ませるんだ」 「たしかに、動いていたら感情が混ざり合って、めちゃくちゃになりそうです。つまり、食後は極力、何も感じないようにしようとしてるわけですね」  ただ無心でボーッとしていたり、もしかした寝ている可能性もある。 「となるとチャンスは、次の食事の後……」  俺と統司は、つい視線を菜々花に向けた。 「え……どういうこと?」  菜々花が食べられた後なら、どうにか倒せるかもしれない。  でも――  俺が言いよどんでいると、統司が口を開いた。 「3時はおやつの時間だって話だ。おそらく、そんなにたくさん食べられたりはしない。なるべく優しい気持ちで、誰かを助けるつもりで、お嬢様のところへ行ってくれないか」 「素直に食べられろっていうの!?」 「見ただろ。りっかさんは食べられたけど、普通に生きてた。楠だって……!」 「全然違ったわ! さっきの楠先生……」 「……なにが違った? セックスの具合か?」  統司に言われて、菜々花さんが、ぐっと唇をかみしめる。  弱みを握られいる感じだったけど、こればっかりはしかたない。 「そ、その……そのことしか、考えてない、みたいな……」 「そんなの、お前が見てなかっただけで、昔からだよ。俺たちが入学する前から、女子生徒に手を出してて、卒業と同時に捨てたって話もある。とっとと目を覚ませ」 「な……なんでそんなこと、知ってるの?」 「お前が知らな過ぎなんだ。楠ばかりと仲良くしてないで、ちゃんとした友達でもいれば、耳に入った話だろ。あくまで噂だし、信じなくてもいいけど、そういうことしててもおかしくないと俺は思う」  統司が、菜々花をおとりにしようとしているのは明らかだった。  それでも俺は、止めることが出来ない。  その役目は、誰かがしなくてはいけないし、もうおとりや犠牲を使わずに、レイカを倒せるとは思えない。  その上で、せめて犠牲が少しで済むように、食べられるのは少量で、なおかつ優しい気持ちがレイカに宿ってくれたら。  優しい感情が抜けたら、菜々花は、どうなってしまうんだろう。 「先生は、いまどこに……?」 「……疲れ果てて寝たところを、メイドが運んでいったわ」 「連れていかないで欲しいとは、思わなかったんだな」  統司が尋ねる。 「だって……どう考えても、おかしかったから……」 「それはわかってる。少しは見てたし。でも楠だって、片腕の時点ではそんなに変わってなかっただろ」 「普通の人が、酒に酔ったくらいの感じだった、かしら……」 「昼の会議で、俺を陥れようとするくらいには、頭も働いてた。少量なら、影響は少ないってことだ。食事姿は見たくないし、見せたくないと言えば、お嬢様は望んでお前を眠らせるだろう。部屋でこっそり1人で食事を済ますはずだ」 「そ、それで……助けに来てくれるの?」 「レイカが休んだのを見計らって、レイカを拘束する」  統司は、菜々花を助けるとは言わなかった。  助ける気がないからか、助けようと思っていたところで、約束できるものでもないからか。  俺も、冷たいかもしれないけど、助けるなんて言えなかった。
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