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■CASE5 宮田五樹 拘束
食事を終えたレイカが、乱れた菜々花の服を元通りに戻していく。
まだ菜々花は眠ったままだ。
「……菜々花は俺たちで運ぶから、レイカは少し休んだら?」
そう提案する俺を見て、レイカが微笑む。
「優しいのね」
その言葉に、少し胸が痛んだ。
罪悪感なんて、感じている場合じゃない。
だけどレイカはどんどん人間らしさを手に入れていく。
「それじゃあ、お願いしようかしら。まだ馴染んでいないから、彼女の胸を揉んだり、潰したりしないようにね」
揉むことはないが、おんぶするのは厳しいかもしれない。
「2人で運ぶから、大丈夫だよ」
俺が菜々花の後ろから上半身を抱え、統司が足を抱えた。
起こさないように、振動を与えないようにしながら、階段を登って標本室まで運び出す。
その場に、菜々花さんの体をゆっくりおろすと、俺たちは持ってきていたカバンから、スタンガンとロープを取り出した。
統司は、ナイフもポケットに仕込む。
ヘアスプレーとライターはカバンに入れたまま。
そのカバンは俺が左手に持ち、もう一度、音をたてないようにして、階段をゆっくりおりて行く。
ベッドに寝転がるレイカが視界に入り、少しだけホッとした。
本当に寝ているようだ。
ただ、ここで終わりじゃない。
「スタンガンは、逆に起きてしまうかもしれません。このままロープでベッドに固定しましょう」
「うん」
統司の提案を聞き入れ、俺たちはまず、ベッドの下にロープを通した。
両側に立ち、俺は統司にロープの端を手渡す。
レイカの体に触れないよう、こっちでもロープを浮かせておいた。
両端を持った統司が、ロープを結ぶように絡ませた後、ゆっくり端を引っ張る。
俺はスタンガンを構え、統司に目配せし、浮かせていたロープから手を離した。
直後、統司は勢いよくロープを引っ張り、それをこま結びにする。
レイカの肘あたりにロープが食い込む。
手を引き抜くことは難しいだろう。
「よし……!」
統司が呟く。
俺もまた、少しだけホッとしていると――
「なにしてるの」
レイカが、俺たちの方を見た。
「……っ!」
構えていたスタンガンを、隠し損ねてしまう。
どう言い訳するべきか、迷っている俺とは対照的に、統司はすかさずポケットから取り出したナイフを、レイカの右手に振りおろす。
だが、右手はハサミに変化し、ナイフがそれを貫くことはなかった。
それでも統司はあきらめず、そのナイフを、レイカの胸に突き立てる。
今度は問題なく、ずぶずぶと、ナイフの先が沈んでいった。
せっかくのチャンスを逃すわけにはいかない。
俺は、追い打ちとばかりに、スタンガンをレイカの胸に押し当てる。
「……スイッチ、押さないの?」
押さないと。
そう思うのに、手に力が入らない。
レイカが寝てくれてたら、もっとラクにできたのに。
躊躇する俺を見て、レイカは言った。
「優しいのね」
微笑みながら、俺を見る。
「本心じゃない。五樹さんの優しさに付け込んでるだけです」
統司はそう言うと、俺からスタンガンを奪い、レイカに押し当てた。
バチバチと激しい音がなり、レイカの体が跳ね上がる。
効いているのか、直後、脱力するのが見て取れた。
右手は、人間のような手に戻っている。
「まだ……倒せたわけじゃないですけど、とりあえずは……」
「ホントごめん。統司にまかせっきりで……」
「大丈夫です。俺がしたこと、見逃してくださいね」
「当然だよ」
この後、まだ仕事が残っている。
レイカを……燃やさなくてはならない。
「カバン、くれますか」
「うん」
すべて統司に任せるわけにはいかないけど、促されるがまま、カバンを手渡す。
中にはライターとヘアースプレー。
それが有効なのかどうかはわからないけど――
「なにしているの」
少し気を抜いていると、レイカと同じ言葉を、離れた場所から投げかけられた。
俺と統司が、慌てて声のした方へと目を向けると、階段から詩音がおりてくる。
詩音はレイカの友達だ。
だからといって、譲れるものではない。
「お嬢様を倒すしか、俺らが生きてまともな姿で帰れる道はありません」
統司が詩音に説明する。
詩音は落ち着いた様子で歩み寄ると、統司の隣に立ち、ベッドで横たわるレイカを見下ろした。
「気を失っているのね」
「うん……」
「だったら、ナイフは抜いてもいいんじゃないかしら」
そう言うと、詩音はレイカの胸に刺さったナイフに手をかける。
このナイフを抜いたくらいで、いきなりレイカが起き上がったり、拘束が解けるようなことはまずないだろう。
大丈夫だとは言い切れないけど、止めることもしないでいると、詩音は引き抜いたナイフを、そのまま勢いをつけるようにして、隣の統司の胸に突き刺した。
「え……」
「ぐっ……ふ……」
統司は、信じられないといった様子で目を見開き、詩音を見る。
俺も、信じられなかった。
ナイフを引き抜くと、当然ながら血が溢れてくる。
「あ……」
統司は傷口を手で押さえていたけれど、そんなんでどうにかなるものじゃないだろう。
「統司、動かない方がいい」
近くにあったテーブルクロスを引き抜くと、俺は統司のもとへと駆け寄った。
折りたたんだテーブルクロスを、統司の手をどかしながら傷口に押し当てる。
どうすればいい?
この場にいるのは危険だ。
かといって、下手に動けば、傷口が開いてしまうかもしれない。
ふらつく統司を支え、座らせようか考えていると、また階段から誰かおりてきた。
「な……」
りっかを刺したシェフだ。
おそらくりっかの知り合いだろうけど、いまはレイカに忠実な使用人。
駆除を終え、報告に来たのか。
「害虫ですか」
シェフが尋ねる。
「違う!」
「害虫よ」
否定する俺の言葉を遮るように、詩音が声をあげた。
シェフが従うであろうレイカは、眠ったまま。
シェフは、痛みに耐える統司に近づくと、指先から伸びた針を胸元に突き刺した。
「あ……」
おそらく麻酔だろう。
統司はラクになる。
だが、それはシェフが害虫を運び出すための手段に過ぎない。
シェフは俺を突き飛ばし、統司を抱える。
「ま、待て! 違う、統司は……!」
「あなたも刺されたいの?」
シェフを止めようとする俺を、詩音がナイフを構えて脅した。
統司の血がついたナイフを見せつけられ、動けなくなってしまう。
その隙に、シェフは統司を連れ去った。
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